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818. 匿名 2024/04/13(土) 05:20:59
>>742
御伽草子『遠眼鏡』(2)
⚠️🌊のきょうだい関係を思わせる描写有り
そんなところに立っていては危ないからと少女に招き入れられた二人は、侵入者のように窓から部屋に入り込んだ。履き物を脱いで部屋に立ち、室内を見まわした義勇は息を呑んだ
部屋には壁一面に木箱や棚があり、本が積み重ねられていた。オルガンに蓄音機、西洋人形、木製の重厚な地球儀、鉄仮面のようなものまで並んでいる。舶来物ばかり集めて押し込めたようなその部屋の主は、洋服の裾を小さくつまんで首を軽く傾けた
「ようこそ私の我楽多部屋へ。クロちゃんとピエールさんが来てくれるなんて夢見たい」
「俺はピエールじゃない。ピエールとは誰のことだ」
「ごめんなさい、ずっとあなたのことをそう呼んでいたものだから…。ピエールさんはね、この人のことよ」
少女は傍に置かれていた一冊の絵本を差し出し、表紙を指差した。頭から爪先まで全身を覆う服を着て、顔に仮面のような化粧を施された人物が、杖のようなものを持ってポーズを取っている
「ピエロのピエールさんよ。私の一番好きな絵本の主人公。いろんな魔法が使えるの」
「何故この道化の名を俺に?」
「だって着物がそっくりだもの」
彼女におどけるように言われ、義勇は自分の体に視線を落とした。左半身に菱形模様、右半身に無地の柄の服を着たこのピエールという道化の男と、己の羽織が似ているということか。確かに、似ていると言われればそうかも知れない。義勇はかすかに顔を綻ばせた
「残念だが俺たちは道化でも軽業師でもない。いつもこの窓から見ていたのか」
「そうよ。このところの、一番の楽しみだった。あなた達が沼に来ない日はつまらなかったわ」
人の気配は少ないからと気を抜きすぎたか。家中の者に目撃されていたとしたら厄介だろう、と義勇は思った
「他に家族の者は?」
「ここには私一人で住んでいるわ。時々、管理人の夫婦が食料を運んだり家や庭の手入れをしに来てくれる。母は亡くなり、父は居るけど仕事で忙しいの。父の仕事の邪魔にならないように、私はここに住んでるのよ」
「……そうか」
「ん、そんな顔しないで。私結構楽しくやってるのよ。この館はね、明治の頃に、貿易商だった祖父が別荘として建てたの。祖父と母が亡くなり、事業を拡げて忙しい父は滅多に来ない。ここはまぁ、言ってみれば物置。要らない物はまとめて置いてあるのよ。私もそのうちの一つ。でもここにはこんな素敵な遠眼鏡や絵本、蓄音機もある。だから平気なのよ」
義勇はもう一度部屋を見回した
どこか懐かしさを覚える
義勇が生まれ育った家にも、これほどまでではないが、こんなふうに西洋の本や人形があった。「灰かぶり姫」という絵本を何度となく読み聞かせてもらった記憶がよみがえる。あの本は姉の気に入りだった。きっとこの少女も、姫や魔法の物語を瞳を輝かせて読んでいるのだろう
義勇は口を開いた
「ずっとここに居るのでは退屈だろう。珍しいものをたくさん見せてくれたお礼に、今度は沼まで来るといい。鍛錬の様子を見るのが気に入ったなら、近くで見せてやろう」
わぁ嬉しい!と喜ぶ顔を期待して言ったのに、彼女は申し訳なさそうに眉を下げて言った
「残念だけど…私沼までは行かれないわ」
「何故?」
「私、生まれつき足が悪いの。遠くまで歩けないのよ。だから私は、家族と離れてここに置かれてるの」+34
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1008. 匿名 2024/04/13(土) 19:11:13
>>818
御伽草子『遠眼鏡』(3)
それから数日たった後、義勇は再び屋根に乗ってガル子の部屋の窓辺に立ち、背中を向けて彼女を促した
「いいから早く乗れ」
「でも」
「案ずる必要はない。日が暮れる前には責任持って部屋に戻る。安心しろ」
窓枠に座らされたガル子は、目の前で背中を向ける義勇におずおずと体をもたせかけた
「腕を俺の首に回せ。しっかりと捕まっていろ」
義勇はガル子の両足に腕を回して背負うと、ヒラリと地面に飛び降りた。宙に浮くようなその感覚に、ガル子は思わずしがみついた
「大丈夫だ。落としたりはしない」
義勇は弾みをつけてガル子を背負い直すと、林の中へと駆け出した。頬に当たる風が二人を撫でるように通り過ぎていく
味わったことのない感覚。いつ以来かわからないくらいに触れる外の空気。ガル子は高揚した
沼のほとりの倒木に布を敷いて彼女を座らせると、義勇はいつも通りの鍛錬を開始した。
生い茂る枝に当たらぬように移動する基礎訓練から、沼を利用した技の訓練まで、義勇はここに来た時に自らに課す一通りの訓練を見せた。人の目がありながらの訓練には慣れていなかったが、これはこれで己の集中力を高める良い機会になると義勇は思った
その様子を、ガル子は息をするのも忘れて見入った
瞬間移動かと思うようなスピードで駆け抜ける脚力、沼の水を自由自在に操っているかのような技の数々、流麗な刀捌きから出る飛沫のような残像は、まるで魔法だった
ガル子には、絵本の中の憧れの人が目の前に現れたようにしか思えなかった
刀を鞘に納め、息一つ乱さずに戻ってくる義勇をガル子は手を叩いて迎えた
「すごい!すごいわ!あなたはやっぱりピエールさんよ」
義勇は軽く口角を上げてそれに答えると、ガル子の隣に座った。寛三郎は義勇の足元に降りておもむろに帳面を広げると、その翼を器用に丸めて筆を持ち、文字を書き始めた
「寛三郎ちゃんは話せるだけでなくて文字も書けるの?これも義勇さんの魔法?」
「少なくとも俺の魔法ではない。俺も初めて会った時には驚いた。鎹鴉は訓練された特別な鴉だが、文字が書ける者は他にない」
「フォッフォッフォ。亀の甲より年の功ということジャナ」
「何を書いているの?」
「今日の訓練の記録ジャ」
「寛三郎は文章を綴るのが好きなのだ」
な?というように義勇は鴉の頭を優しく撫でた
義勇の羽織の袂が揺れるのを見ながら、ガル子は言った
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