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771. 匿名 2024/04/13(土) 00:15:32
>>482お題「悲恋」
切ない恋の話をお持ちの方はここへどうぞ+39
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854. 匿名 2024/04/13(土) 08:40:29
>>771
⚓悲恋+11
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1228. 匿名 2024/04/13(土) 22:32:24
>>771(悲恋)
藤の家紋の家のガル子と🔥
⚠解釈違い、途中からガル子目線に変わります
「お世話になります!」
「お疲れ様でございました、炎柱様!お近くで任務だったのですか?」
「はい、まぁそんなところです!疲れてはおりませんが、なにぶん腹が減っております!」
「かしこまりました、では先にお食事を準備いたしますね」
疲れていないと言えば嘘になる。任務で近所まで来たというのも半分嘘だ。家に戻らずわざわざ足を伸ばしても、この人に会いたかった。屈託のない笑顔で隊士を出迎え、いつもてきぱきともてなす姿を目で追うようになり、この藤の家紋の家を訪れる機会を、いつしか心待ちにするようになった。
「ところで、今日は母上様のお姿が見えませんな!」
「えぇ、実は体調が悪くこのところ臥せっておりまして」
「それは失礼!……失礼、つい声が大きくなってしまうたちでして」
俺は慌てて声をひそめたが、その人はくすくすと可笑しそうに笑った。
「どうかお気になさらず、若い隊士の方々の元気なお声が聞こえた方が、母も気力がわいてくると思いますから……それに、小さな声でお話しになる炎柱様なんて、どこかお悪いのかと心配になってしまいます」
俺は自分の顔に紅葉が散るのが分かった。それを指摘されたら何と言い逃れよう。汁物が熱かったと言おうか、揚げたての揚げ物をたくさん食べたことにするか。
彼女の笑顔を毎日見られる、彼女のこの料理を毎日食べられる、未来の連れ合いとなる男に嫉妬する。彼女のように一人娘ならば婿を取るかもしれない。いずれにしても、それは俺の知らない男であって欲しい。
「次の任務が終わったら、またいらして下さいね」
いつもならばこちらも彼女の笑顔に応えるが、今日ばかりは曖昧な返事をしたことを俺は後悔した。回り始めた運命の歯車は、せわしなく動き続け止まることはなかったのだから。まるで地を駆ける列車の車輪のように。
「炎柱様!いらっしゃいませ」
それからしばらくして、庭掃除をしていると、隊服姿のあの方が再び姿を見せて下さった。思わず声が弾んでしまうのが自分でも分かった。母に指摘されて、耳まで赤くしたのはもう随分前になる。指摘と同時に叱責もされたのだけれど。あの御方は由緒正しい鬼狩り様の血筋、貴女とは例え惹かれ合っても決して連れ合うことはないのだ、と。それでも自分の気持ちに嘘はつけなかった。
「お疲れ様でございました、すぐにお食事をご用意いたしますね」
腰に刀を差していないことが気になったが、顔にはいつもと同じように明るく朗らかな笑みをたたえている。刀は刀鍛冶の元に打ち直しに出しているのかもしれない。それより、何故あの快活な声を聞かせてくれないのだろう。
その時、背後からバサバサと羽音がした。あの方の鴉が、庭の石畳に降り立ったところだった。次にあの方の方を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
「要さん、貴方が伝えに来たことが分かったわ、たくさん飛んで疲れたでしょう」
「あの方も──炎柱様も今しがた、来て下さったのよ」
あの方の相棒の目にも涙が光っている。その目に映る女の頬にも、一筋の涙が伝った。
(終わり)+38
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1274. 匿名 2024/04/13(土) 23:12:43
>>572文学>>771悲恋
🌈が鬼になって、ガル子を蘇らせようとする話です。平安時代の説話「長谷雄草紙」が一部元ネタ、微🐚あり。
【百日ののちに】
山中に、男と女が住んでいた。夫婦であった。
仲睦まじく暮らしていたが、あるとき妻の方が質の悪い病にかかり、長く床についてしまった。夫は片時も側を離れず看病し、その甲斐あって妻は命を取り留めた。穏やかな暮らしが戻ってきたかに思われたが、一つだけ変わったことがあった。
病が癒えたのち、夫は妻に指一本触れなくなったのだ。表面上は以前と変わらぬ優しさであったが、側で眠ることもしない。夜な夜な家を抜け出して、何処かへ行っているようでもある。自分が伏せっている間に、他所に通う女ができたのではないかと妻は怪しんだ。
「お前以外に、俺の妻は無いよ。要らぬことを考えず信じていておくれ」
問い詰めても、虹色の瞳を柔和に瞬かせてそう嗜められるのが常であった。夫は美しい男で、その美しさが彼女を余計に不安にさせた。
そうして幾日か過ぎた。夫はやはり、妻に触れようとしない。ある夜、意を決して別の部屋で休んでいる夫のもとに忍んでいくと、まだ起きていた彼は驚いたように彼女を見た。その戸惑った目が女心を深く抉り、ついに妻は堪えきれず泣き伏した。
「私のこと、もうお好きではないのね」
「何を言う。俺の心は変わらないさ」
「だって、病を得てから一度も私と寝て下さらないわ。触れても下さらない。夫婦なのに…… どうぞ、慎みのない女とお思いになって。お心が離れたなら、言って下されば一人で尼寺へでも参ります。こんな、一緒にいるのに他人のような。こんな扱いは……」
後は声にならなかった。嗚咽する妻を夫はじっと見守っていたが、やがて細く静かに息を吐いた。
「泣かないでおくれよ。お前に泣かれると、俺はもう辛いんだ。……共にいられるだけでも、いいと思っていたんだが」
夫が手を伸ばした。指先が長い躊躇いの後、頬に触れた。触れられた所が熱くなるのを妻は感じた。
まるであの熱病のようだわ、と思った時。彼女は夫の胸の中にいた。耐えていたものが一気に噴き出したかのような激しさで、彼は妻を引き寄せた。
夫の白橡の髪が乱れて、妻の額に落ちかかった。こんな風に切々とかき抱かれるのはいつ以来か、睦みあった共寝の日々が随分遠い昔に思えた。
目の前に彼の真剣な顔があった。焼き切れそうな愛情と苦悩と、そうしてなぜだか悲哀……覚悟?理由の分からない、幾つかの感情の渦を妻はそこに見た。それらは墨流しのように不定形で、捉えどころがなかったが、確かなものもあった。夫は未だに彼女を好いており、求めてもいるという事実だった。
「こうすることが、お前への証になるのなら。俺は、」
最後は掠れてよく聞こえなかった。久方ぶりの契りは速瀬の水に似て、二人を巻き込み木の葉の如くそのまま深みへと押し流していった。
────────
数刻ののち。夫は夜具の上で、ぽつんと座り込んでいた。傍には妻が、正確には妻であった女の骨が寝姿のまま散らばっている。
白く虚ろなそれを見ながら、夫は思い出していた。流行病で彼の妻が命を落としたあの日(そうだ、妻はこの腕の中で息絶えた)その骸を抱えて呆然と野山を歩き回ったことを。そして一人の男に出会ったことを。
『鬼になるなら、その女を蘇らせる術を教えてやろう。但し、百日は手を触れるな。百日経たぬうちに触れることあらば骨に戻る』
そう男は言ったのだ。
夫は思い返していた。百日など容易いと答えた自分を。妻が蘇るならどんな外法も厭わぬ、鬼にでも蛇にでもなろうと頭を地に擦り付け懇願した己を。
あの時何を引き換えにして何を得たのか、よく分からない。妻は彼のもとに戻ってきた筈だった。夜ごと人の血肉を貪りに出ているとは言えず、百日経たねば触れられないとは告げられず、寂しい思いをさせ傷つけた……そして禁を破った。
「お前を失うより、お前を泣かせるのが嫌だったんだ……また、造り直せるかなぁ」
呟いて肩を落とし、夫は骨を丁寧に拾い始めた。
《終》+40
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3081. 匿名 2024/04/17(水) 17:16:24
>>771
『もし忘れてしまっても』💎第一話
⚠️全八話⚠️悲恋?⚠️自分だけが刺さる話⚠️途中推し不在
仕事から帰ってきて、ご飯食べて、歯磨きして、お風呂入って...。
この日は疲れていたのか、妄想する間もなく眠ってしまった。
「ガル子、起きろ。」
ハッとして前を向いたら、真っ暗な空間の中に天元様が立っていた。ゆっくりとこちらに歩いてくる。私の頭に手を置くと、そのまま屈んでこちらを見つめてきた。
「...天元様?」
「ガル子、よく聞けよ。お前が起きる前に、しっかり伝えとかなきゃならねぇから。お前の夢に出んの、マジでクソムズい。何千回も試して、成功したのこの一回だからな。もう伝えるチャンスねぇかも。」
天元様は私の両肩に掴み、静かに言った。
「お前は五十年後、いろんなことを忘れちまう。家族のことも、仲いい奴らのことも、お前自身のこともだ。」
「...なんで?」
嘘だ、そんなの嫌。
ポロポロと涙が溢れてきた。
「なんでですか?...嫌です、忘れたくない。自分のことまで忘れちゃったら、なんで生きてるのか余計にわからなくなっちゃう...!」
すると、そっと身体を包まれた。
「...そう出来りゃあいいけど、出来ねぇだろうから知らせに来たんだ。わかるんだよ、お前が記憶を無くしていくってことが。俺はお前の頭ん中にいるからな。」
私が創り出した、本来の天元様とは違う私だけの天元様。彼が言うには、私の脳内には妄想で溢れ返った妄想部屋があり、その隣の広い部屋が記憶部屋になっているとのことだった。その部屋が、長い歳月を経ていくうちに老朽化で壊れてしまうらしい。
「受け入れるしかないんですか...?」
「いや、方法はある。」
「ホントですか!?どうしたら...!」
「お前が覚えておきたい記憶を、妄想部屋に移しとくんだよ。妄想部屋と記憶部屋は作りが似てるから、恐らく問題は起こらない。お前にとって妄想は、脳機能の維持にかなり役立ってる。妄想部屋はボロくならねぇ筈だ。」
つづく+39
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4617. 匿名 2024/04/20(土) 16:01:03
>>771悲恋 何でも許せる方向け
⚠解釈違い⚠🎴「花時雨」
「お前は優しすぎなんだよ。そんなんじゃ、いつか自分の命を落とすぞ」
鬼殺隊に入ったばかりの頃だった。
右も左も勝手がわからずまだ未熟だった自分と、一緒に任務についていた先輩隊士達からよく言われる言葉だった。
鱗滝さんにも昔、同じ言葉を言われた事がある。
(俺は、皆が言うように優しすぎるのだろうか。隊士としてやっていくのは無理なのか)
そう思って悩んだ事もあった。
この日もまた、子供に化けた鬼の首を斬れずに躊躇してしまった。
討伐後、呆れてまた同じ言葉を繰り返す先輩隊士がいる中で、一人だけ強い口調で異を唱えた一人がいた。
「優しいのは悪い事じゃない。炭治郎は、普通に暮らす人達の平穏な日々を守るために、ちゃんと闘える隊士よ。彼の優しさはきっと、今よりもっと強い鬼の首を斬るための原動力になるはず」
自分へ信頼と、少しの慈愛を含む匂い。
俺は未だに、その時見せてくれた彼女の笑顔が忘れられない。
それから必死に鍛錬を重ねた。
とにかく俺が強くなれば、他の人の平穏で幸せな生活を守る事ができる。そして大切な人の事も自分のこの手で守れる日が来るかもしれない。
そう思いながら闘いを重ねてゆく日々。
(あぁ、血鬼術だったのか…)
頭はまだぼんやりとして、自分がどんな状況かすぐに理解が出来なかった。呼吸は乱れていない。
いつの間にか雨が降っていて全身びしょ濡れだ。
日輪刀を強く握りしめる拳の側で、鬼の頸が散り散りと闇夜に溶けていく。
───鬼は幻惑を俺に見せていた。
彼女が俺を優しく包みこんで、自分のいる世界に一緒に行かないかと誘ったのだ。闘い続ける日常から逃げて、ずっと二人でいたいの、と涙ながらに訴えてくる。
正直、何もかももう沢山だった。
これ以上、身近な人や大切な人の命が奪われてゆく日々にうんざりしていた。
俺は結局何も守れていない。
このまま連れて行かれるのも悪くない、そう思ったのに。
身体が、考えるより先に動いた。
俺はいとも容易くその頸を斬っていた。
冷たい雨が容赦無く叩きつける。
だけど頬から流れ落ちる水だけが何故か熱いのは、
俺が泣いているからだ。
おしまい
+34
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5479. 匿名 2024/04/21(日) 21:42:06
>>519 桜 >>771 悲恋 ⚠️🌊
1/2
それは花散らしの風が強く吹くある夜のことだった。
桜はとうに満開の時を越え、葉桜へと姿を変えようという頃にようやく探し人をみつけた。
「ここに居たのか。随分と探した」
その者は闇夜の中に聳え立つ大きな桜の木を見上げ、懸命に伸ばした指先は心許なく空を切っている。
「…何をしている」
「…もう少し。もう少しで、掴めそう」
「そこには、もう何も無い」
「花びらが、雨みたいに降ってきてるの」
漆黒の中に舞う桜の幻を見ているのだろう。
彼女に歩み寄り無い花びらを掴もうとする手首を掴み、その動きを止めた。
「やめろ。もう無いと言っているだろう」
「見て、凄く綺麗」
綺麗、と言った彼女の言葉に去年一緒に見たこの桜を思い出す。一年前、見事に咲き誇った桜はまるで薄桃色の雨のように二人に降り注ぎ、ほんの一瞬だけ、黄泉の国とはこのような場所なのかと思わせた。
そこに、両親も姉も、親友もいる。
────決して、俺のような者が行ってはいけない場所。
「知ってる?桜って、二度散るのよ」
幸せそうに桜を見上げる彼女が、俺に言った。
「一度目は、花びらが散る時。まさに今ね」
「…散ったら終わりじゃないのか」
「もう一度散るのよ」
「もう一度?」
そう聞き返した俺は、よっぽど間抜けな顔でもしていたのだろう。彼女はそんな俺を見てくすくすと笑いながら教えてくれた。
「桜蕊降る、て言ってね。花びらが落ちてしまった後、今度は花びらを失った萼の部分が散るのよ。ほら、あの、……」
そこまで言って止まってしまった彼女の言葉を、目で催促する。
「…血のような、赤紫色の部分が萼」
"血のような"とわざわざ喩えたのは、家族が鬼に殺された過去を思い出しているのだろうか。あと一歩間に合わずに彼女の家族を助けられなかった俺は、勝手に責められているような気になった。
「その萼が、地面を赤く染めるの。…幸せの後に来る、残酷みたいね」
幸せの後の残酷。
その景色を、今まで何度見てきただろう。+30
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9367. 匿名 2024/04/29(月) 21:59:21
歌お題>>544
桜>>519
悲恋>>771
文学>>572
タイムリープ>>8742
己の趣味に全振り>>630
⚠️死ネタあります
「春の夜の夢」 第一話
美しいものほど儚い。
雪の結晶も、桜の花も、人の命も…
何もしていなくても、ふとした時に涙がこぼれる。
あの日から涙腺も感情も壊れてしまった。
この家は元々、私のためにあてがわれた家ではないのに、お館さまは落ち着くまでいてもいいと言ってくださった。しかし、鬼殺隊は数ヶ月前に解散したのにいつまでも甘えているわけにはいかない。
あの決戦で大切な人を亡くしたのは私だけではないのだから。
尊い犠牲の上に成り立っている安寧を手放しで喜ぶことはできず、かといって皆の前で悲しむこともできず、私は伊黒さんと暮らした家で一人で過ごしていた。
気心の知れた隠のもぶ子さんが、たまに訪ねてくれた。彼女は女性特有の勘で、早いうちから私の気持ちに気づいていた。
気遣ってくれるのはありがたかったが、彼女の口から伊黒さんの名前が出るたび、現実を受け入れなければいけないと言われているようで苦しかった。
「伊黒さんに気持ちを伝えたことはかったの?」
彼女の問いに、私は下を向いて首を振った。
鬼を滅することに心血を注いでいた伊黒さんに余分な煩わしさを与えたくなかった。
今はそんなことは考えられないと言われるのは明白で、居た堪れなくなって暇乞いをする自分の姿まで想像できた。
結局、私は怖かったのだ。
近づくことも離れることもできずに、ただ伊黒さんの生き様を目に焼き付けることしかできなかった。
空っぽになってしまった私は、縁側で鏑丸くんに話しかけるのが日課になっていた。
伊黒さんのように以心伝心とはいかないけれど、鏑丸くんの言いたいことも、なんとなくわかるようになっていた。
「伊黒さんに会いたいな」
ぽろっとこぼれた言葉に、鏑丸くんが心配そうな顔をしながらとぐろから首をもたげて寄り添ってくれた。
私は誰にも会わず、生きるのに最低限度の栄養と睡眠をとり、主を失った家の中で通り過ぎていく時をただ見送っていた。
だから、はじめは精神を病んで幻覚を見ているのだと思った。縁側から見える桜の木の下で、白と黒の羽織が風にはためいている。
「がる子」
……幻聴まで聞こえる。
それが幻覚でないことは鏑丸くんが教えてくれた。
私の隣で私以上に目を丸くしている。
「伊黒さん?」
いつのまにか冬は終わり、ぽつぽつと咲き始めた桜の花が、春の訪れを告げていた。
『静かに思へば、万に、過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき』
徒然草 29段より/吉田兼好
続く+31
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15850. 匿名 2024/05/11(土) 06:44:58
>>771悲恋 🍃⚠解釈違い①※3話くらいの予定。書き終わってないけど出来たとこから落とします🙇
どうしてあなたに恋をしてしまったのだろう。
「――そりゃまァ、単に毛色の違う男が珍しかっただけでしょう」
風がふわりと彼の髪を揺らす。確かに珍しい毛色ではあるな、とぼんやりと思う。眩しい日差しが春の終わりを思わせる、そんな朝だった。
「俺は旦那様や坊ちゃんはもちろん、お嬢さんの周りにいらっしゃるお上品なお坊ちゃん方とは明らかに違いますからねェ」
「……まあ、それはそうね」
けれど果たしてそれだけだろうか。例えば彼が庭師ではなくどこぞの良家の御曹司であったなら、私はこの人を好きにならなかった?そこまで考えて苦笑いしながら首を振る。
「毛色は関係ないわね。私はあなたがどんな色に染まっていたってきっと好きになったわ」
「お嬢さんは世間ってモンを知らな過ぎですよ」
呆れたような口調でそんな事を言うので、その顔を覗き込んで「じゃあ私は?」と尋ねる。
「あなたにとって私は毛色の違う女かしら?」
この人の周りには一体どんな女がいるのだろう。彼が愛した女とは一体どんな人なのだろう。
「聞いてどうするんです。真似事でもしてみるつもりで?」
「……しないわね」
意味のない真似事など、私はしない。
「ありのままの私を愛してもらえばいいだけのことよ」
私の言葉に彼は「いいですねェ」と可笑しそうに笑った。
「今度新しい服を見に行きましょうか」
母の言葉に私は読んでいた本から顔を上げる。それは私に縁談の話がある時に母がいつも口にする言葉だった。
これまで何度か持ち上がった縁談話は全て立ち消えになっていた。両親は私が「あの男は嫌だ」と言えば、無理強いをすることはなかったし、大して理由も聞かずに反故にする事もあった。
それでも、と母の顔を見て思う。今回ばかりはもう逃れる事は出来ないのかもしれない。物言わずとも瞳が訴える。猶予は十分に与えたでしょう?と。いつまでも幼子のように我儘を押し通す事など不可能だと分かっている。
私は本を閉じると「わかりました」と頷いた。母がこちら身を乗り出して、私の前髪をそっと払った。
「……聞かないのね、お相手の事」
「必要ないわ」
あの人でないのなら、相手は誰だって同じなのだから。
中庭の隅で満開を迎えた赤いシャクナゲが時を得顔に咲き誇っている。
誘われるように傍まで行くと、花の隙間から色素の薄い髪が揺れているのが覗き見えた。
「……何を遊んでいるの」
彼の膝の上にはどこから入り込んで来たのか、白い猫が丸まっている。
「お嬢さんはいつも俺を見つけますねェ」
「当然でしょ」
ふんと鼻を鳴らすと隣に腰を下ろした。抱えた膝に顎を乗せて、猫の背を撫でる彼の手をじっと見つめる。
「どうかしました?」
無言で首を振ると、猫の鼻先に指を伸ばした。眠そうな瞳を開いた猫が私の指先に鼻を摺り寄せる。
「……いいわね、お前は」
ぽつりと呟いた私の言葉に、彼が不思議そうに首を傾げた。
あなたのその手が私に触れる事はきっと永遠にないのだろう。
叶う事などないと、わかっていたはずだった。それでも私はあなたのものになりたかった。
「羨ましい」と呟きながらそっと目を閉じる。
こんな気持ちを持て余すのならば、あなたに恋などしなければ良かった。
つづく+14
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