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6939. 匿名 2024/04/24(水) 13:05:31
>>6938 『おいしいコーヒーが飲みたくて』⑧
⚠️伊黒さんとウィーン🇦🇹で出会う話 ⚠️季節は3月のつもり ⚠️趣味に全振り
要るのか要らないのか分からないお土産を私はたくさん買って、私たちは店の外に出た。
「お腹空いちゃったね。どこかお店入ろうか」
レストランを探しながら歩き始めて、歩きながら私は先ほどの話の続きをする。
「実はこれね、傷心旅行なの。かっこ悪いでしょ」
私の言葉を伊黒くんは黙って聞いていた。
「といっても振られたのはだいぶ前のこと、秋くらいかな。失恋と、仕事の激務も重なって、ちょっと休憩したくなったの」
「美味しいコーヒーを飲みながら、か」
「うん。…彼にとっては私は要らないものだったんだろうなあって、さっきの伊黒くんの言葉を聞いてそう思った」
でも、私にとってもその彼が要るものだったのか、別になくても良いものだったのかもはや分からないなと思いながら手に抱えるお土産にチラリと目をやった。
「誰かにとって要らないものでも、別の誰かにとっては大切なものだったりするからな」
伊黒くんはそう言って、ポケットから何かを取り出した。私の目の前に見せたそれは、先ほどの土産物屋で私が伊黒くんに買うかと尋ねたボールペンだった。要らないって言ってたのに。
「え?なんで??」
「ここに来た記念に。言っただろう、俺もここに来てみたかったんだ」
いつの間に買ってたんだろう。私がキーホルダーやマグネットを物色したり、岩塩を選んだりと夢中になってる間にこっそり買ってたんだな。
きっと、伊黒くんとお揃いのこのボールペンは、私にとって“要るもの”で“大切なもの”だ。そして、伊黒くんにとってもそうだと良いなと思った。
ハルシュタット湖を臨む景色の良いレストランへ二人で入る。
注文後に運ばれてきたコーヒーを口に含んで足を伸ばして軽く背筋を伸ばすと、温かいコーヒーが身体中をほんのり温めて心も体もほぐれる。伊黒くんは首から下げるカメラでここから見える綺麗な景色を撮っていた。
ふう、と一息ついて私が気を抜いていると、不意に伊黒くんのカメラがこちらに向けられた。
「ん??今、何撮った?」
「何のことだ?」
「今、私撮らなかった?」
「自意識過剰だ」
「え、じゃあ見せてよ」
私が伊黒くんのカメラに手を伸ばすと、その腕をパシッと掴まれた。
「ここまでついてきてやった手数料だ。それくらいいいだろう」
「ついてきてやったって…自分も来てみたかったって言ってたじゃん!それに私の写真に価値なんてないから、手数料の価値も何もないけどね」
カメラに伸ばした手の力を抜くと、伊黒くんも私の腕から手を離した。
「どうせ、これは要らないものだとか言ってすぐに消去するんでしょ」
「いや、これは要るものだ」
少しの躊躇いもなくそう答える。この景色に負けない綺麗な澄んだ瞳が私に向けられる。ほんと、突然ドキッとすることを言うよね。私は照れ隠ししたくて、目を逸らしてコーヒーをぐいっと飲み込んで「ああ、あっついなあ」と呟いた。
続く+33
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6987. 匿名 2024/04/24(水) 15:42:06
>>6939
今初めから読ませてもらいました。
オーストラリアの街並み、美味しそうな料理、かっこいい伊黒さんがまるで映像で見えてくるような、素敵なお話で夢中で読みました。
要るもの、要らないもの…ところでうるうるしてしまいました。
ハルシュタット。画像検索したのですが本当に美しい場所ですね!+23
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7013. 匿名 2024/04/24(水) 17:33:29
>>6939
続きありがとうございます♡ハルシュタットの美しい街並みが、目に浮かぶようでした。
〝要るもの、大切なもの〟のところ、じーんときてうるうるしてしまいました。書いてくださってありがとうございます。続きも楽しみにしております。
+21
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7028. 匿名 2024/04/24(水) 18:15:46
>>6939
読んでいます
旅行に来た気分になれて、楽しい!😊+21
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7041. 匿名 2024/04/24(水) 18:45:58
>>6939
伊黒さん素敵…私まで顔赤くなりそう+19
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7062. 匿名 2024/04/24(水) 19:30:42
>>6939
恥ずかしながらハルシュタットを初めて知りました、文章を読んで思ったとおりに本当に綺麗なところですね。
そんな景色に伊黒さんが溶け込んでいるのを想像しながら楽しんでいます。+22
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7471. 匿名 2024/04/25(木) 20:29:05
>>6939 『おいしいコーヒーが飲みたくて』⑨
⚠️伊黒さんとウィーン🇦🇹で出会う話 ⚠️季節は3月のつもり ⚠️趣味に全振り
ハルシュタットからの帰りは順調で、今度は列車が遅延することもなくウィーンに帰ってこれた。
早朝に出発したのにウィーン中央駅に戻ってきた頃にはこの間ほどではないがまた夜遅くだった。伊黒くんがホテルまで送ろうかと提案してくれたけど、まだ地下鉄も動いている時間だったし今日も朝から付き合わせてしまって申し訳なかったのでウィーン中央駅でお別れをした。楽しい思い出をありがとう、これが最後かな、なんて思いながら私は手を振った。
翌朝、ついに帰国日。昨日の日帰り弾丸ツアーで少し体が重い。夕方のフライトまでカフェでも寄ってのんびりしよう。さて、どこに行こうか。ガイドブックに載ってるお店の中に、行きたいとピックアップしているカフェがまだまだあるからその中から選ぼうかな。
そんなことを考えながら、まずは伊黒くんに昨日のお礼のメッセージを送ろうとスマホを手に取ると、それと同時に伊黒くんからメッセージが届いた。
『もし時間があったら、カフェツェントラルで待つ』
まだ朝の8時過ぎだった。けれど、ウィーンのカフェの朝は早い。ガイドブックを見てみるとツェントラルは行きたいと目星をつけているカフェの一つだった。営業時間は朝の8時からと書かれている。
『今から行く』
私はメッセージを送ると同時に、先ほどまでの疲れも忘れてホテルの部屋から飛び出した。
たった数日の滞在だけどこちらの地下鉄にもすっかり慣れて、改札を抜けて流れるように地下鉄に乗り込む。聞き馴染んだ駅名で地下鉄を降りて、私はツェントラルを目指して朝の冷たい空気の中を急いだ。営業時間を確認したときに店の位置も一緒に確認した。地図を見なくてももう道は分かっていた。
目的地に着いて、歴史を感じさせる店の扉を抜けるとそこにはまずガイドブックにも載っていた、椅子に腰掛ける男性の等身大人形が待っていた(オーストリアのかつての作家ペーター・アルテンベルクと言うらしい)。昔は芸術家たちがこのカフェに通い詰めていたとガイドブックに一緒に書かれていた。
店内の様子はアーチ型の高い天井と何本もの大理石の柱があり、その贅沢な空間の中に伊黒くんの姿を見つけた。
伏し目がちに何をしているのだろう。カフェで寛いでいる人々や大理石の柱の間を歩いて、ゆっくりと近付きながら伊黒くんの方を覗き見る。伊黒くんは緩く握った拳を額に当てて頭を支えて読書をしていた。この空間とこの店にぴったりだと思った。
「ごめん、お待たせ」
「いや、急に呼び出したのは俺の方だ。帰国日にすまない」
伊黒くんは私の声に顔を上げた。
「この店は初めてだったか?」
「うん、初めて。すごく素敵だね」
「パレ・フェルステル、つまりフェルステル宮殿の中にあるカフェだ」
宮殿内のカフェか…私は改めて店内を見渡した。宮殿と言えど豪華絢爛、華美とは少し違う。上品で優美な内装に、穏やかで優雅な時間が流れる。朝というのもあるのだろう、時間の流れが特にゆっくりとしているように感じた。
「伊黒くんは大学は?」
「今日は午後だけだ」
伊黒くんはぱたんと読んでいた本を閉じた。
ツェントラルはモーニングメニューも充実しており、伊黒くんはメランジェとセンメル(オーストリアで一般的なパン)をオーダーしていた。私もモーニングにしようかと悩んだが、結局、もうこの旅で何度目か分からないメランジェとシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(黒い森のサクランボケーキ)を頼んだ。黒い丸型のチョコレートケーキの上に、赤いサクランボがちょこんと乗っているケーキだ。ザッハートルテと比べると甘さは控えめのそのケーキを一口、一口と食べ進めて残りのケーキが少なくなるにつれ、私のこの旅もとうとう終わるんだなあと実感が湧いてきた。
続く+29
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