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4063. 匿名 2024/04/19(金) 15:19:09
>>3955
6
その後、五日が経過しても、まだあの邸の女性には変わった様子がない。
菓子店で見かけた時、思い切って声をかけてみた。
女性は突然見知らぬ女に話しかけられ、最初は怪訝そうだったが、私が「同時期に嫁に来たらしい、同年代の人だから話してみたかった」と話すと、柔らかく笑った。
いつ頃籍を入れたのか気になって「届を出しに行った時、役所の人が少し怖くありませんでした?」と、言ってみる。藤の家のご主人の言葉を思い出したからだ。
すると、夫婦は他地域で出会ったため、籍はそちらで入れたのだという。
結婚直前に、急遽、師範のいる道場をご夫君が引き継ぐことになり、ここに移り住んだのだと。
(他の被害者や私と、この女性の違いはそれだ)
───答えに、指先がかかった気がした。
***
別件での傷を手当てしていた柱に報告、というより相談をする。
「役所ねェ……」
「無論、昼の職であるお役人は鬼ではないでしょうが」
「あくまで、手掛かりがあの役所にあるってことかァ」
「……あの鬼が、届なり台帳なりを一枚一枚見て居所を確認している姿を想像すると、可笑しいような気味が悪いような」
私を助けてくれた時の傷で、この邸で療養している隊士が呟くように言う。
「実際に入籍から日の浅い女ばかり狙ってるなら、陰湿に紙めくってるのが似合いの性格だろォ」
なんとも、薄暗い性質の鬼もいたものだ。
戸籍は誰にでも閲覧出来る。それを活かして、私より後に届が出された人たちを、片っ端から烏に見張らせるという、人海戦術ならぬ鳥海戦術を行っている。
彼女らに無事でいてもらうだけでない。
近くにいて、鬼を待つのだ。
勝手に囮にしているようなものなので、心が痛むが、他に対処のしようがない。
役所といえば。
「そういえば、お役人は、どうして藤の家のご主人には『嫌な感じ』に見えたのでしょうか?」+24
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4091. 匿名 2024/04/19(金) 17:58:43
>>4063
お題主ですがずっとドキドキしながら楽しませてもらってます。実弥かっこいい😍+16
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4466. 匿名 2024/04/20(土) 03:28:52
>>4063
7
「忙しかったとか?」
隊士が簡潔に言う。
「そこまでかねェ」
ここ最近で結婚したのは「鳥海戦術」が可能な程度の人数だ。寄留届(※大正4年から施行。本籍地以外に移る人々の居所把握のためのもの。但し、手間がかかるため、届を出さない者も少なからずいた)も同じお役人に任されていたとしても、「嫌な感じ」に見えるほど余裕がなくなるだろうか。
戸籍と密接な徴税も、今は時期ではないし、徴兵も行われておらず、忙殺されるほどのことはないと思う。
では、何を思って、届出人を見ていた?
「役人は誰かに接触させないとなァ。お前の言う『嫌な感じ』も気になるが、それより鬼が戸籍読めるなんざ、夜間の管理が杜撰すぎるしよォ」
確かにそうだ。鬼が出るのは夜、つまり開庁時間外なのだから。
「届や台帳が読めなくなると、鬼が別の対象に切り替えてしまいませんか。若い女がみんな標的になるとか」
「若歩田さんの仰ることは尤もです。偽物というか、届や台帳の写しを用意出来ませんか?」
提案する。そういえばこの隊士の名を初めて呼んだかもしれない。
写しには鬼を誘き寄せる嘘を記載する必要はない。どうせ役所に来るのだから。
万一、また逃しても、夜間に元の場所に置くための写しを用意して、それを更新さえしなければ、新たに誰かが鬼に認識されるのを避けられる。
鬼が異変に気づく前の決着、そして役所への損害を出さないことが必須になるが、これまでにかかった時間を考えれば、そろそろ終えたいところだ。
***
これが産屋敷家の力なのだろうか。
なんと、県から各役所に「閉庁時間の書類の保管場所に注意せよ」との通達が即座に出された。
この地の役所については───
「我々が前の保管場所に夜間だけ写しを入れるのは至難の業。例のお役人と接触して、頼みました」
ふふふ、と笑うのは峨留岡という名前の、私より若い女の隠だ。峨留岡商会の関係者だろうか。
女の鬼殺隊士や隠には、結構な商家の娘が多い気がする。単に同類が目につくだけかもしれないが。
「役人を買収かァ?」
「そのつもりでしたが、進んで協力してくれるそうです。結婚間もない、言い換えれば若い女ばかりが消えるから、これは組織的な犯罪で、女たちは何処ぞに売られ、その売り上げが『夫』なり届出人なりに入る仕組みなのでは、と前から疑っていたそうで」
それで届を出す者を疑いの目で見ていて、届出人が「嫌な感じ」と思ったのか。
一つ謎が解けて、安堵する。+22
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