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2921. 匿名 2024/04/17(水) 04:21:04
>>2838 『声の役割』🐍 3/4
⚠️死ネタ ⚠️悲恋(恋じゃないのかも) ⚠️原作軸ですが一部改変あります
伊黒さんに助けてもらったお礼に、私に何かできることはないかと伊黒さんに尋ねた。
お礼など必要ない、これが自分の任務なのだから、と最初は断っていた伊黒さんだったが、そこまで言うのなら、と藤の花の家紋の家のことを話してくれた。
食事や寝床などの支援はできないが、救護の仕事でなら手伝える。私の勤める診療所には、負傷した隊士が訪れるようになった。
怪我もしていないのに、私の様子を見に伊黒さんが訪れることもあった。その肩には鏑丸と、また傍らに鴉の夕庵がいた。
「ふふ、伊黒さんは人気者ですね」
そんなつもりはなかったが、子供を揶揄うようなことをつい言ってしまった。彼の大切な相棒や伊黒さんに失礼だったと私は思わず口を抑えた。でも、伊黒さんの人望が厚いだろうことは、細々と隊士の救護をしながらでも感じていたのは事実だ。
「君のところも負傷した隊士が押しかけて迷惑ではないか?あまり無理はするな」
私の失礼な発言を意にも留めず、伊黒さんは私の心配をしてくれた。ほら、人望に厚いのはきっとそういうところ。一見冷淡に見えて、実は慈愛と情熱に満ちている。
鬼を切り、人を助け、助けた後の人々をも気遣う。私なんかより無理をしてるのは伊黒さんや鬼殺隊の皆さんの方ですよ、と、声にならない思いを胸にしまって私はただ頭を下げた。
そんな生活を幾月か送った頃、一人の隠が私を迎えに来た。なんでも、伊黒さんが怪我を負ったらしく屋敷の方で治療してほしいということだった。
「鬼殺隊には立派な療養施設があると伺っていましたけど…」
「俺は自分の屋敷で療養したいからな」
病院嫌いな子供みたいで可愛い、と、私はくすりと笑ってしまった。声には出さなかった。でも、この整然とした屋敷を見ると、伊黒さんがここにいたいと、ここが落ち着くと感じるのも理解できると思った。
「医師が処置しなくても良いんですか?私はただの看護婦ですよ」
「俺は誰でも信用しているわけではないからな。信用に欠ける医者よりも、君の腕を、君のことを信用している」
伊黒さんの色の異なる双眸が私を捉える。輝くような金に、吸い込まれるような碧。
出会った日もこの瞳しか見えていなかったな、とぼんやりと思い出した。
「誠心誠意、務めさせていただきます」
私は深々と頭を下げて返事をした。
「ところで、最初に会ったときから思っていたが、君は極端に声が小さいな」
「…自信がないんです。心が弱いんです。それで声も小さくなるんです…」
私の消え入りそうな声を、伊黒さんは真っ直ぐ私を見据えてただ静かに聞いていた。
「実は、幼い頃に母を亡くしてその悲しみで一度声をなくしました。母も私が今勤めている診療所の看護婦でした。母を目指して私も看護婦になり、時間はかかりましたが声も取り戻しましたが、強く、明るく優しかった母のように私はできているかどうか…」
私は俯いた。俯くと余計に言葉が下にぽろぽろ落ちていって、私の声は相手に届かない。そんな私の言葉を伊黒さんは静かに拾い、聞いてくれた。
「君はよくやっていると思う。でなければこの屋敷に出入りすることは許さないからな。ほら、顔を上げるんだ」
伊黒さんに促されて顔を上げる。また、伊黒さんの瞳に捉えられる。その瞳は先ほどより細められていた。
続く+31
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2922. 匿名 2024/04/17(水) 04:29:34
>>2921 『声の役割』🐍 4/4終
⚠️死ネタ ⚠️悲恋(恋じゃないのかも) ⚠️原作軸ですが一部改変あります
伊黒さんの屋敷に出入りできるようになってまた幾月か過ぎ、とうとう最後の決戦の時を迎えた。
(大丈夫、伊黒さんはきっと大丈夫。そうよ、怪我をして帰ってきても私が看病すれば良いのだから)
自分に言い聞かせながら終わりの時を待っていた。しかし、祈りも虚しく、私が再び目にした伊黒さんは半死半生の状態だった。いや、命がまだあるだけでも祈りは通じたと言っても良いのかもしれない。
だけれど、あまりの絶望に私は声を失ってしまった。
身体中に包帯を巻かれ、腕に管を通され、両の目に傷を負って、伊黒さんは目を覚まさない。
「自分の屋敷で療養したい」と言ってた伊黒さんを思い出す。それも叶わず、一面真っ白の無機質な部屋の中に横たわっている。
四角い、箱のような部屋の中。聞こえる音は全て部屋の外からだけで、その中はシンと静まり返っていた。
静かな部屋の中で耳を澄ますと、すう、すうと伊黒さんの吐息が聞こえる。どくん、どくんと伊黒さんの拍動が聞こえる。
伊黒さんは生きている。…だけど、それらは確実にどんどん弱くなっていた。
その時、ぴくりと伊黒さんの指先が動いた。ああ!伊黒さん!目を覚ましたのね。胸がいっぱいになった。伊黒さんに呼びかけたかったけど私は声が出ない。
その手をすぐにでも握りたかったけど、目の開かない伊黒さんは誰に手を取られたのかと驚いてしまうんじゃないかと、私は出しかけた自分の手を引っ込めた。
すぐそばにいるのに、何もできない。何も伝えられない…
「ガル子?そこにいるんだろう?」
ただ声もなく泣くしかできない私に、伊黒さんは問いかけた。そして、見えないはずなのに私の方へと真っ直ぐ腕を伸ばしてきた。
「ガル子、声を失ったのか?」
私の方へ力なく伸ばされた手を、私は返事の代わりにぎゅっと握った。
「君が声を失ったのは俺のせいだな。俺は君の声で、君の言葉で励まされていたのに」
伊黒さんが力を振り絞りながら語りかける。
「君は自分に自信がないと言っていたが、君の声には力がある。君の救護だけでなく君の優しい言葉、それが一番の薬だ。大丈夫だ、きっとまた君は声を取り戻せる。ゆっくり取り戻せ」
伊黒さんのその声が、その言葉が、私に染み込む。
乾いた心を潤していく。
だけど、私の両の手に包まれる伊黒さんの手の力はどんどん弱まっていった。
美しい瞳を隠して瞼は二度と開くことはない。
豆だらけの、傷だらけのその手は完全に力が抜けて、その手のひらの重みを落とさぬよう私は受け止める。
言葉は、この声は、誰かの助けとなるためにある。
聡明で優しいあなたの一言で、私のこの心はゆっくりだけど癒えるだろう。
そしてきっといつか私は声を取り戻すことができるだろう。
だけど今はまだ。
静寂の中、音もなく泣いた──
終わり
(一気にあげようと思っていたら寝てました。。コメントくださった方ありがとうございました!!)+34
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