ガールズちゃんねる
  • 2838. 匿名 2024/04/16(火) 23:09:55 

    >>2818 『声の役割』🐍 2/4
    ⚠️死ネタ ⚠️悲恋(恋じゃないのかも) ⚠️原作軸ですが一部改変あります

    その日も私はいつもと同じように薄暗い夜明け前に診療所へと向かっていた。
    金と碧の異色症のあの人の忠告など全く心に留めていなかった。そう、怪異に出くわしたその時でも、私は忠告のことなどちっとも思い出すことはなかった。

    それは突然私の前に現れた。野生の獣ではない、これは一体……
    逃げる隙などなかった。声を出すことすらできなかった。
    (やられる…!)
    ぎゅっと目を瞑る。その瞬間、ヒュっと軽快な音が聞こえた。
    自分の身に何も起こらないので恐る恐る目を開けると、先ほどの怪異の代わりにそこには異なる色の瞳のあの人がいた。
    手には刀、だろうか。それは見たこともない形状をしている。

    「だから言っただろう?日の出前は出歩くなと。今のは鬼だ。」
    鬼?私は混乱した。鬼なんて見たことはもちろん、聞いたこともない。だが、今のが鬼だとしたら、彼の先日の怪我も頷ける。
    獣や人につけられた傷のようではなかったし、そしてこの知的で冷静な彼が何かと戦うという理由にも。

    「おい、聞こえているか?どこか怪我でもしたのか?」
    彼は一歩私の方に近付き、私の顔を覗き込みながら聞いた。
    「あ、ああ、大丈夫です。あの、ありがとうございます」
    私は闇に消え入りそうな蚊の鳴くような声で礼を言った。私を覗き込む彼を見ると、その肩に蛇が乗っている。その白い身体はぽぅっと暗闇に浮かび上がって光っているようで、私は「ひえっ!」と声にならない悲鳴をあげた。
    「ああ、これは鏑丸と言う。…先日も俺の肩に乗っていたのだが気付かなかったか?俺は伊黒小芭内」
    (伊黒さんというのか…)
    「私は、ガル子です」
    お互いに名乗りあって、そこでようやく陽光が差し込んできた。

    続く

    +32

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  • 2911. 匿名 2024/04/17(水) 00:50:05 

    >>2838
    めちゃくちゃ引き込まれています
    伊黒さんの様子が本当に伊黒さんで、ガル子さんに感情移入してしまいます。続きを楽しみにお待ちしておりますね

    +24

    -3

  • 2921. 匿名 2024/04/17(水) 04:21:04 

    >>2838 『声の役割』🐍 3/4
    ⚠️死ネタ ⚠️悲恋(恋じゃないのかも) ⚠️原作軸ですが一部改変あります

    伊黒さんに助けてもらったお礼に、私に何かできることはないかと伊黒さんに尋ねた。
    お礼など必要ない、これが自分の任務なのだから、と最初は断っていた伊黒さんだったが、そこまで言うのなら、と藤の花の家紋の家のことを話してくれた。
    食事や寝床などの支援はできないが、救護の仕事でなら手伝える。私の勤める診療所には、負傷した隊士が訪れるようになった。
    怪我もしていないのに、私の様子を見に伊黒さんが訪れることもあった。その肩には鏑丸と、また傍らに鴉の夕庵がいた。

    「ふふ、伊黒さんは人気者ですね」
    そんなつもりはなかったが、子供を揶揄うようなことをつい言ってしまった。彼の大切な相棒や伊黒さんに失礼だったと私は思わず口を抑えた。でも、伊黒さんの人望が厚いだろうことは、細々と隊士の救護をしながらでも感じていたのは事実だ。
    「君のところも負傷した隊士が押しかけて迷惑ではないか?あまり無理はするな」
    私の失礼な発言を意にも留めず、伊黒さんは私の心配をしてくれた。ほら、人望に厚いのはきっとそういうところ。一見冷淡に見えて、実は慈愛と情熱に満ちている。
    鬼を切り、人を助け、助けた後の人々をも気遣う。私なんかより無理をしてるのは伊黒さんや鬼殺隊の皆さんの方ですよ、と、声にならない思いを胸にしまって私はただ頭を下げた。

    そんな生活を幾月か送った頃、一人の隠が私を迎えに来た。なんでも、伊黒さんが怪我を負ったらしく屋敷の方で治療してほしいということだった。

    「鬼殺隊には立派な療養施設があると伺っていましたけど…」
    「俺は自分の屋敷で療養したいからな」
    病院嫌いな子供みたいで可愛い、と、私はくすりと笑ってしまった。声には出さなかった。でも、この整然とした屋敷を見ると、伊黒さんがここにいたいと、ここが落ち着くと感じるのも理解できると思った。
    「医師が処置しなくても良いんですか?私はただの看護婦ですよ」
    「俺は誰でも信用しているわけではないからな。信用に欠ける医者よりも、君の腕を、君のことを信用している」

    伊黒さんの色の異なる双眸が私を捉える。輝くような金に、吸い込まれるような碧。
    出会った日もこの瞳しか見えていなかったな、とぼんやりと思い出した。
    「誠心誠意、務めさせていただきます」
    私は深々と頭を下げて返事をした。

    「ところで、最初に会ったときから思っていたが、君は極端に声が小さいな」
    「…自信がないんです。心が弱いんです。それで声も小さくなるんです…」
    私の消え入りそうな声を、伊黒さんは真っ直ぐ私を見据えてただ静かに聞いていた。
    「実は、幼い頃に母を亡くしてその悲しみで一度声をなくしました。母も私が今勤めている診療所の看護婦でした。母を目指して私も看護婦になり、時間はかかりましたが声も取り戻しましたが、強く、明るく優しかった母のように私はできているかどうか…」
    私は俯いた。俯くと余計に言葉が下にぽろぽろ落ちていって、私の声は相手に届かない。そんな私の言葉を伊黒さんは静かに拾い、聞いてくれた。
    「君はよくやっていると思う。でなければこの屋敷に出入りすることは許さないからな。ほら、顔を上げるんだ」
    伊黒さんに促されて顔を上げる。また、伊黒さんの瞳に捉えられる。その瞳は先ほどより細められていた。

    続く

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