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2445. 匿名 2024/04/16(火) 04:27:08
>>2370
「無惨様と一番近い女」25話
「…泣いておられるのですか?」
その声にハッと我に返り、書斎の入口を見ると
いつの間に起きたのか姫が立っていた
私は…泣いて…?
頬に触れると確かに顔は濡れていた
自分では泣いていることに気付かなかった
涙など姫が死んだ遠い昔に枯れ果てたと思っていた──
姫の顔はもはやすべてを理解しているのだと瞬時にわかった
「…なぜ、鬼などになってしまわれたの?」
その問いに私は何度も喉を詰まらせながら答えた
ああ…きっと姫には人でなくなり鬼となって人を喰らって生きてきた
こんな私など侮蔑されるに違いないと覚悟しながら──
だが、話を聞いた姫は私の頭をその胸に優しく抱きしめこう言ったのだ
「千年もの間…独りで…さぞかし…辛かったでしょうね…」
予想もしなかった言葉が聞こえた
「だって…貴方は」
姫は私の涙で濡れた頬を優しい手で包み瞳を見ながらこう言った
「なりたくて鬼などになったわけではなかったのでしょう?」
その眼差しは慈愛をたたえていた
「私の分まで生きてと書き遺した言葉が…貴方に呪縛をかけてしまっていたの…?
だとしたら…私が貴方を苦しめてしまった…」
みるみる姫の目に涙が溢れてゆく
「そんな!そんなことは…決して…!」
違う!違う!違う!
姫の言葉のせいなどではない!
それだけは断じて違うと私は懸命に伝えようとした
だが…姫を失い絶望した後に鬼となってしまい
自暴自棄にならなかったかと問われれば否定できない面も確かにあったかもしれない──
なぜこんな理不尽な目に遭うのだ?と…
鬼などに成り下がって皮肉にも永遠の命を手に入れた私は
ならば姫の願い通り生き永らえてやろうではないかと
そんな邪な気持ちがなかったとは言い切れなかった
私は何と罪深く惨めな存在だろうか…
つづく
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2446. 匿名 2024/04/16(火) 05:12:11
>>2445
「無惨様と一番近い女」 26話
満開の桜がたくさんの灯籠に照らされ
夜の闇に美しく浮かび上がる
それは同時にどこかこの世のものではないような妖しさも感じられる
白装束に烏帽子姿の私と
十二単を着た姫が
共に手を取りゆっくりと
だがしっかりと
神主の元へと歩む──
こんな夜に桜の咲き誇る庭園を貸し切って厳かに二人だけの挙式をしたのは
姫のたっての希望だったからだ
千年前互いに想いを寄せながらも実現することができなかった
その夢を叶えたいと望む彼女のために
私ができることなら何でもしてやりたかった
着付けをしてくれた者達は
「まあ!お二人ともなんとよくお似合いなんでしょう…」
皆ほうとため息を付いて私達を褒めそやした
殊に普通の人なら重くて動くことさえ難しいはずの十二単を優雅に着こなし、教えなくとも見事にすいすいと裾捌きのできる姫にも驚いていた
まさか私達が本当にこんな衣装を着ていた時代の者だとは知る由もないのだが──
今この場所にこの平安の装束で姫と立っていると
現実の世なのかあの頃の世界にいるのか
それすら定かではないように錯覚する
あの時姫が疫病になど罹らなければ…
あの時私が癇癪を起こしてあの医者を殺さなければ…
こんな未来もあったのだろうか──
そんなどうしようもない思考が過ぎり私の胸をチクリと刺した
つづく
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