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2370. 匿名 2024/04/15(月) 22:43:31
>>2313
「無惨様と一番近い女」 24話
私と姫は家系図で表すなら異母兄弟だったが
姫は義母の連れ子に当たるため
私との血の繋がりはなかった
幼少の頃より共に姉弟のように育った関係だったが
いつしか互いに恋心が芽生えていった
そんなある年、都で疫病が流行った
生まれ付き身体の弱い私の病とはまた違う
その伝染病でたくさんの人間が死んだが
それまで健康だったはずの姫の命までも容赦なく奪っていった
悲しみに暮れる私の元に届いた
最後の文に書かれていたのは…
「貴方様はどうか
私の分も永く生きてくださいませ─」
文と共に渡された遺品は
姫が愛用していた扇だった
開いてみるとそこには艶やかな姫君が描かれていた
それはまるで在りし日の姫を思わせて私の心を震わせた
死ぬのなら…私であるべきだったろう
こんな私が生き延びた所で
何の役にも立ちはしないのに…
姫の笑顔が浮かぶ
宮廷で舞を舞う優美な姿や
熱を出して寝込む私を心配そうに覗き込む顔──
源氏物語や万葉集
その頃出たばかりの百人一首を
枕元で読み聞かせてくれたこと
中でもこの句が好きなのだと栞を挟んでいた──
その本も全て本棚に並んでいる
そうして姫亡き後
私は永遠の命を手に入れた──
姫の分どころかもう千年も生き続けている…
だがそれは鬼であるからであり
生き続けるには人を喰らわねばならなかった
このまま前世の記憶と現世の記憶が重なった時
姫は私をどう思うだろうか?
それぐらいならいっそ前世の記憶など思い出さなければ良かったのかもしれない──+29
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2445. 匿名 2024/04/16(火) 04:27:08
>>2370
「無惨様と一番近い女」25話
「…泣いておられるのですか?」
その声にハッと我に返り、書斎の入口を見ると
いつの間に起きたのか姫が立っていた
私は…泣いて…?
頬に触れると確かに顔は濡れていた
自分では泣いていることに気付かなかった
涙など姫が死んだ遠い昔に枯れ果てたと思っていた──
姫の顔はもはやすべてを理解しているのだと瞬時にわかった
「…なぜ、鬼などになってしまわれたの?」
その問いに私は何度も喉を詰まらせながら答えた
ああ…きっと姫には人でなくなり鬼となって人を喰らって生きてきた
こんな私など侮蔑されるに違いないと覚悟しながら──
だが、話を聞いた姫は私の頭をその胸に優しく抱きしめこう言ったのだ
「千年もの間…独りで…さぞかし…辛かったでしょうね…」
予想もしなかった言葉が聞こえた
「だって…貴方は」
姫は私の涙で濡れた頬を優しい手で包み瞳を見ながらこう言った
「なりたくて鬼などになったわけではなかったのでしょう?」
その眼差しは慈愛をたたえていた
「私の分まで生きてと書き遺した言葉が…貴方に呪縛をかけてしまっていたの…?
だとしたら…私が貴方を苦しめてしまった…」
みるみる姫の目に涙が溢れてゆく
「そんな!そんなことは…決して…!」
違う!違う!違う!
姫の言葉のせいなどではない!
それだけは断じて違うと私は懸命に伝えようとした
だが…姫を失い絶望した後に鬼となってしまい
自暴自棄にならなかったかと問われれば否定できない面も確かにあったかもしれない──
なぜこんな理不尽な目に遭うのだ?と…
鬼などに成り下がって皮肉にも永遠の命を手に入れた私は
ならば姫の願い通り生き永らえてやろうではないかと
そんな邪な気持ちがなかったとは言い切れなかった
私は何と罪深く惨めな存在だろうか…
つづく
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