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2248. 匿名 2024/04/15(月) 20:41:42
>>1877
「無惨様と一番近い女」 22話
地下にあるこの部屋に陽は差さない
だが枕元の時計ではもう正午を過ぎていた
月彦様は今日の仕事は全て断り
二人は千年ぶりの再会に浸ったのだった
オレンジ色の淡いランプの光の中で
薬指に光る石を空にかざしながら私は問うた
「あの頃とは姿も声も違うでしょうし
私だと気付かなかったのに
どうして結婚しようなどと思われたのですか?」
その問いに月彦様はしばし考え込んだ
「…わからぬ…わからぬが…
なぜかそなたが近くにいると
私はありのままの私でいられるような…
そんな気がした…」
ああ…そういえば…と私も思い返す
初めて月彦様のシャツの匂いを嗅いだ時のことを──
むせ返るような男の汗の匂いの奥に
どこか懐かしくて切ない
微かな白檀の香りがしたのだった…
こうして寄り添っているとその香りはさらにはっきりと感じられる──
遠い昔、平安の世では香を焚きしめ
衣にその匂いを染み込ませていた
その香も少しずつ調合を変えることで
想い人に個々の印象を残すという
余韻を楽しむ文化でもあった
私は──
何の香を焚きしめていたかしら?
何と言っても千年もの昔のことだ
すぐには思い出せなかった
懐かしくて心安らぐ白檀の香りと
確かな温もりを感じていると
いつしか思考は遠のき
私はとろとろと眠ってしまった
つづく
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2313. 匿名 2024/04/15(月) 21:34:26
>>2248
「無惨様と一番近い女」 23話
まさかあの姫が生まれ変わり
私の前に現れる日が来るなどと
そんなことは予想だにしなかった
まさか千年もの時を経て──
すうすうと眠るその寝顔にあの姫の面影は見られないが
そばにいることで感じられる安らぎや
言葉を交わせばやはり姫なのだと確信する
姫を起こさぬようそっと書斎に行くと
机の一番下の引き出しを開けた
色褪せてすっかり古びてはいるが
その扇を取り出してそっと広げる
あれから数え切れないほど開いてきて
もはや見なくても隅々まで記憶に刻み付いているその絵を
私は今、胸を高鳴らせて見つめている──
姫に再びめぐり逢えたこと
そのことだけならば喜びと言えよう
だが…
この扇と共に託された
あの時の文にしたためられた
姫の最後の言葉が鮮明に脳裏に蘇る…
自分が鬼となってしまった時
半狂乱になって破り捨てたあの文──
「…くっ……!」
私は胸が詰まりその場に崩れ落ちた
つづく
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