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17188. 匿名 2024/05/12(日) 13:21:48
⚠️何でも許せる方⚠️以前別場所に落としたものの手直し再掲です⚠️大正軸推し亡き後
『最後の初めて』(1/2)
「胡瓜と茄子と…あと、大根を頂けますか」
「大根かぁ。今時分のは値段の割にあんまり美味くないよ。冬野菜だからねぇ」
「良いんです。今、食べたくて」
貴方の誕生日をお祝いする季節のように、瑞々しい大根は手に入らない。
お米の研ぎ汁を多めにしたら…丁寧に面取りをしたら…少しは美味しくなるのかな。鮭は思ったより良い物が手に入ったから、じっくり作ればきっと。
あとは、縁側に将棋盤を出して。
思いの詰まった半々の羽織を広げ、掛けて。それから。
提灯をともして。
オガラで胡瓜に脚を。
そうして姿を表した一頭の馬に話しかけた。
「安全に、でも早く、誰よりも早く連れて帰って来てね」
やっぱりさっき掛けた羽織…
少しだけ、少しだけにするから。
まだ微かに感じられる、貴方の匂い。
やっぱり抱きしめなければ良かった。
会いたい。
触れたい。
声が聞きたい。
ねえ、まだ茄子は茄子のままで…良いですか?
吹くはずのない真後ろから、貴方を思わせるしなやかで柔らかい風が頬を撫でて、貴方の匂いが鼻を掠める。
「おかえりなさい、義勇さん」
(ただいま、ガル子)
見た目よりずっとゴツゴツした、あの大きな手が頬を包み込んでくれたような気がした。
(触れられなくて、ごめん)
しばらくすると、縁側に置いた将棋盤から、するはずのないパチッという音が何度か聞こえたような気がした。
そうそう、貴方が詰将棋に没頭してる時は、こんな間隔で音が聞こえる。
夜、床につくと、背中から身動きが取れない程に抱きしめられる感覚を覚えた気がした。
こうやって顔を見えないようにして、貴方の背負った苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ…を、少しだけ吐露してくれた夜を思い出す。
(触れることも、声をかけることも叶わない。こんなにも近くにいるのに、もどかしい)
義勇さんが精一杯、その存在を知らせようとしてくれてる。
「俺はここにいる」と。そう感じる。+20
-4
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17190. 匿名 2024/05/12(日) 13:24:20
>>17188⚠️何でも許せる方⚠️以前別場所に落としたものの手直し再掲です⚠️大正軸推し亡き後
『最後の初めて』(2/2)
その日は、急に思い立ち書棚から本を取り出した。それは、義勇さんがよく読んでいたもの。
バサッ
間から落ちたのは、見覚えのない薄い冊子。
それは、指輪の型録だった。こんな物を持っていたの、知らなかった。パラパラと中を見てみると、傍線がたくさん引いてある。
───結婚の指輪は現今は男子も嵌めるようになつて
───内側を種々工夫して結婚の記念の字を彫刻
妙に知識があることを不思議に思っていたけど、ここが情報源だったのね。あれもこれもたくさん印が付けてある。
でもね義勇さん。こういう物は普通、一つを選んで贈るものじゃない?私はこの花型も、こっちの立爪も、この捻梅も贈ってもらった。本当に片っ端から。
そして印のついた傍らに、がたがたの文字を見つけた。
───大正◯年◯月◯日贈。よく似合う。しかし特別な時につけるとのこと。それでは俺の代わりにガル子に添うものにならない。次は控えめな造形の物が良いか。
ああ。恋しくてたまらない。
こういうところですよ義勇さん。言葉が足りない。
……違う。私は知ってる。
それを伝えたら、着実に近づく“別れ”の足音に私が怯えることを、彼はわかっていたから。だからまた、大切なことに一人で蓋をして。
あの茄子に手を伸ばす。
私も貴方を、愛してるから。
そろそろちゃんと、帰りの足も用意してあげないと。オガラを手に取る。
ぽた、と、一粒落ちた水滴を、茄子の皮が弾く。一つ、また一つと流れて落ちる。
それは、この茄子の牛に乗る人の涙にも見えて。
「…寂しいよ、義勇さん」
ありがとう、さよなら、、大好き。忘れることなんて、無かったことになんて、出来ない。
風に揺れた羽織の裾が、落ち着けと言わんばかりに私の背中を撫でた。
(抱きしめてやれなくてごめん)
(寂しい思いをさせてごめん)
こういう時、貴方は決まって謝る。
もう想いは十分に届いてる。触れることも会話することも叶わない現実は、とっくに受け入れた。もう、送ってあげなくちゃ。
今、お願いできることは───
来年もどうか、帰って来てね。私のところへ。
「牛さん、明日はどうぞご安全に。ゆっくりゆっくりお戻り下さい。お持たせの鮭大根が重たくて、ごめんなさいね。」
終わり+21
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