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13918. 匿名 2024/05/07(火) 22:24:39
>>13917
7(先は長い……)
処暑。
───拾ノ型 生生流転!
突然、師範に知人がいるという山へと連れて行かれる。師範と小芭内の見守る中、最後の型の実践だ。
印をつけた木と巻藁、布団を巻いたものまであった。硬さが違っても同じように斬れるようにかしら。
ついでのように鶏まで放たれている。
(これは、お手伝いしろってこと?)
鶏が怖い思いをしないように、早い段階で後ろからさっと斬る。
(その後の処理はやりませんからね!?)
経験はないけれど、逆さまにしたり茹でたりむしったり、大変そうなのだもの。
最後に大きな銀杏の木を斬って、終了だ。
「なかなかの腕前になった」
その言葉にふぅ、と大きく息を吐く。
***
先に帰るよう言われて、小芭内と二人で帰る。鶏を斬った時に着物を汚してしまったので、師範の知人という女性が浴衣一式をくださった。既に嫁いだ娘さんの着ていたものだという。夜空のように藍を重ねた浴衣は、上品で嬉しいけれど、どこか背伸びしているような気恥ずかしさもある。
(?)
小芭内の肩で寛いでいた鏑丸が、しゅるしゅると巻きつき方を変えた。
「雨が降る!」
その言葉で焦って、早歩きになったが、あと五分もあれば屋敷というところで、ぽつ、と、雫が落ちるのを見てしまった。
何処かで雨宿りする?どこで?
「走った方が早い!」
ぽつぽつ、ぱらぱら、少しずつ強くなる雨の中を駆けた。慣れない下駄の足元を気遣う手に、片手を引かれながら。
邸についた途端に、雨音が文字で表しにくい轟音に変わり、思わず皆で顔を見合わせて笑った。
「浴衣、濡れてしまったな」
「綺麗な藍染よね。すぐ着替えるのは残念だけど、仕方ないわ」
「───よく、似合っている」
「、……ありがとう」
上手く出来るか分からない型を見られたくなかったけれど、一緒に来てくれたおかげでこの浴衣を見せられたのは良かったかもしれない。
───どうして、浴衣を見せたかったのだろう。
(たぶん、私の格好が変わったら、いつも褒めてくれるからね)
違う気がした。
でも、これ以上考えるのはやめた。+21
-6
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14034. 匿名 2024/05/08(水) 01:30:13
>>13918
8
立冬。
「秋薊」が季語になる時期を過ぎた。入れ替わるように突然咲いた反魂草、色付いた小真弓などを生ける。
薊といえば、根は無事に収穫し、塩水で灰汁抜きし、母に教わった配合の調味料に漬けてある。来月には食べられるはずだ。
「鏑丸、今日の食事は鶉よ」
「今日は魚を出すかと思ったが、何かあったか?」
「こちらの方が新鮮そうだったの。それに、秋らしいでしょう?」
「……肉に旬などあるのか?」
「鶉鳴く 真野の入江の 浜風に 尾花なみよる 秋の夕暮」
「随分と寂寥感の漂う歌だな」
「源俊頼だったかな。金葉集(※金葉和歌集)の写しは確か本棚にあるわ」
師範の本棚の本は自由に読める。私はもう本を読まなくなって掃除するのみだけれど。
「ガル子は物識りだな。俺も読んでみよう」
こんな歌を思い出したのは、少しばかり寂しかったからだろうか。
(食べてしまうのだけどね)
鶉を思い出してやることが、買って食卓に出すことなあたり、私は粗雑というより情緒が足りないのかも知れない。
「───そうだ」
「どうした?」
廊下との障子を開けて、久し振りに自室に小芭内を招き入れた。
座った彼に、文庫紙(※たとう紙)に包んだままの着物と、揃いの羽織を押しやった。
「……これは?」
「餞別に縫ったの」
桑の実色を多色で表したような細かな織りの生地は、たぶん小芭内に似合うと思う。
「、手間だっただろう、労作を受け取るわけには」
「持っておいて。師範はこういうことには気がつかないから、今のままだと、その着物が鶉(※ぼろの着物、継ぎ接ぎの着物を鶉衣という)になってしまうもの」
鏑丸の寝床も同じ布に綿を入れて縫った。彼らがここで過ごす二度目の冬、共に居られない代わりだ。
明日。
私は最終選別に向かう。
「本当に、隊士になるのか?」
「私は最終選別で生き残れないと思う?」
「そう訊くのは狡いのではないか?俺は、ガル子が生き残れるくらい強いと知っている。それでも、……心配だ」
声は前より低くなって、初めて会った頃の声をもう思い出せない。
「心配って言われるの、こんなに嬉しいものなのね。私、来年、同じ言葉を言いに来ようかしら」+23
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