ガールズちゃんねる
  • 13916. 匿名 2024/05/07(火) 22:21:32 

    >>13776
    5
    小暑。
    「空に在る星のように、その巡りのように。全ては円くあれ。直は無理から、角は無駄から生まれる。人の有り様も、また然り」
    水の呼吸と直線的な動きの相性はあまり良くない、と師範は言う。真っ直ぐに刀を突き出す型もあるが、それを異質と考えているのだ。
    私は星が丸いのは物質がとんでもない力で「真っ直ぐ」その芯に引き寄せられた結果だし、物事を分けて考え出すときりがないと思っている。言わないだけで。

    少し影が差す縁側で弟弟子の鍛錬を見守る。と言えば聞こえはいいけれど、ただの見物と順番待ちだ。
    最初は木刀ですら緊張し過ぎていて、見ていられなかった。でも今、後ろに薊の美しい紫を従えて、真剣を構えるその姿勢は絵のようだ。

    その端正な姿に、妙な緊張を覚えて、目だけでなく思考まで逸らす。
    (薊、また随分増えているわ。そのうち師範が棘を触ってしまうかもしれないし、後で切って生けましょう)
    「薊の花も一盛り」という言葉があるように、薊は冴えない花と思われがちだけれど、私は結構好きだ。
    しかも薊は根を食べられる(※山ごぼう、菊ごぼう)。時期になったら収穫しよう。

    「───ガル子」
    「、はい!」
    複数の巻藁が立てられた。ここからは全集中だ。

     水の呼吸 参ノ型 流流舞い
    流れるような足捌きを意識しながら、移動しつつ巻藁を全て斬っていく。巻藁を斬る感覚は好きだと思う。日に日にざくりとした手応えが軽くなることも含めて。

    ***

    明治四十一年、立夏。
    ここに暮らすようになって、一年が経った。
    咲き始めた薊を、野茨や他の野花と一緒に、瑠璃紺の幅の狭い花器に生ける。可もなく不可もない出来だ。

    庭に行くと、弟弟子が巻藁に向かっていた。
    「全ての目指す形は環形だ。腕の軌道も然り。真横に腕を引くな。腕は弧を描くように開き、関節は軟らかく回す」

    (もう、肆ノ型……)
    真剣を握って一年足らず。いつの間にか彼の呼吸音は、師範と同じになっていた。
     水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
    綺麗な型だ。同時に複数を纏めて斬ったのに、滑らかな巻藁の断面。間違いなく上手い。

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  • 13917. 匿名 2024/05/07(火) 22:23:00 

    >>13916
    6
    師範が満足そうに頷いた。恐らく最後の弟子が、言われたとおりに動いて、言われた以上の出来栄えを見せたのだ。
    それを見て、焦りと安堵が同時に襲いかかって来て、立ち竦んでしまいそうになる。
    私が最終選別に向かうのは、いつだろう。少しでも早く行けるように、まだまだ強くならなくてはいけない───好きなこと得意なことを生業にして、それで危険なく生きていける人たちを、心の底で羨んでいても。

    「───ガル子」
    「はい」
    屋敷の裏側、普段は空になっている小屋に移動する。
    今日は様々な障害物とたくさんの巻き藁が設置されている。床だけでなく、壁にも、天井にさえも。
    扉から、師範と小芭内が見守る。
     水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱
    振り回されるのではなく、流れに従う。そう自分に言い聞かせながら、駆け回る。

    「もう、ここまで身につけてしまったか……」
    「?」
    教えておいてその言葉はないでしょう。師範が何を思ったのかは、よく分からなかった。

    ***

    芒種。
    夕方、一緒に遣いに行った帰りのことだった。
    「……?」
    「どうしたの?」
    「いや、茶屋らしいのだが、看板がかかっていない店がある。何故か鏑丸が不快そうでな……」
    (どうして私がいる時にこうなるの!)

    どう説明すれば良い?所詮は子どもの身、知ってはいても、言いたくないことを告げずに上手く伝える術などない。
    夕方の茶屋なのに、食べ物の匂いがしない時点で、板場がない。食べ物は近くから取り寄せるだけ。つまりは───
    「……待合茶屋(※芸妓を呼ぶ接待の場。芸妓と宿泊も可能)よ。しかも、たぶん安待合(※小待合。ほぼ連れ込み宿だった)」
    「……………」
    粗雑な私は結局、気の利いた言い方も出来ず、そのまま言ってしまった。
    この子にものを教えるようになって初めて、教えたことを相手が分かったかどうか、確かめたくないと思った。

    どうしようもない恥ずかしさに押されるように、早足になる。小芭内もそれに合わせる。その直後だった。
    「「わっ!?」」
    大きな犬に吠えられて二人して驚く。
    「鏑丸の様子がおかしかったのは」
    「犬がいたせいだったのね」

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