ガールズちゃんねる
  • 13773. 匿名 2024/05/07(火) 20:07:21 

    >>13772
    3
    昨年の教科書、大きい方のお針箱、軟膏、硯箱と愛用の便箋と封筒。予備の鉛筆。
    本も、箏も書いていない。
    「ガル子さん、」
    「言わないで。もう、決めたことです」
    「……すぐに、お待ちしましょう」

    父が隊士時代の恩人だから雇ったという、優しい使用人を見送る。下男ではない。教育係のような、異国の執事のような、そんな存在だ。
    「あの人は、何を言いかけたのですか」
    「それこそ、貴方に、───いいえ、ごめんなさい。これは意地悪ね」
    (関係ない、と言っては駄目だわ)
    疑問に思うようなやり取りを見せておきながら、こちらの話だから気にするなと言うのは意地悪よ。
    「……?」
    「あの人は、私がまだ将来を決めなくていいと思ってくれているの。今年で高等小學校󠄁三年、側から見ていて先行きが気になるのでしょう。けれど───隊士になるのが決まっているから」
    だから、来年度末の卒業を待たずに、今年度いっぱいで退学する。それが、鬼殺の家に生まれた娘の役割だろう。

    なんだか悲しくなって、話題を変える。
    「そうだ、お願いと聞きたいことがあるの」
    「?、はい」
    「私も弟子になってから日が浅いから、普通に話して。それから、二人の苦手な食べ物は?」
    「……二人?」
    「首元にいるその子と、二人とも。朝夕の食事を作るのは私よ」
    確か、昼間は通いの使用人が来ているのだ。
    「二人、か……」
    白い蛇と見つめあうだけで、それ以上話さない弟弟子はやはり少し面倒だと思う。
    「何よ、人と同じ扱いでいいでしょう?ちょっと細長いだけじゃないの」
    流石に乱暴だったか。よく考え方が粗雑だと母に叱られるのだ。
    少しばつが悪くて、小芭内が驚いた猫のような表情をしたのは、見ないふりをした。

    (食べられないものを言わないなら、五平餅でも出してやろうかしら)
    五平餅は師範の好物だ。
    (いいえ、それはやめておかないと。蛇が喉を詰まらせたら、どう助ければいいか分からないもの)

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  • 13776. 匿名 2024/05/07(火) 20:09:04 

    >>13773
    4(これ、いつ終わるんだろう……)
    立夏。
    たくさん咲いていた薊と、利休草の葉、姫女苑などを庭から摘んで生けてみる。鍛錬の巻き添えにするよりは、切って生けた方が良いと思う。
    花を生ける気になる程度には、生活は穏やかだった。お互いの───たぶん、ほぼ小芭内の───遠慮と、師範の不干渉のおかげだろうか。
    体力作りを兼ねて皆で掃除をし、小芭内は庭の手入れ、私が食事作りをする。昼食と、他にも行き届かないことは昼間に通いの人が済ませてくれている。

    蛇が数日に一度しか食べないことは、この生活で知った。
    (小芭内が食べている物が気になったりしないのかしら)
    その小芭内は度を超えた少食のようだけれど。ようだ、というのは、彼の食事する姿を見ていないせいだ。
    「ねえ、鏑丸?お魚とお肉、これまで食べた中ではどれが美味しかった?」
    当然ながら、返事はない。
    「卵と、あとは、火を通した食べ物なんかは食べられるのかしら」
    「……本当に人扱いだな……蛇が火を通した食べ物を欲しがると思うのか?」
    「人は生肉でお腹を壊すでしょう?火を通した方が鏑丸のお腹にも優しいのかもしれない。それに、同じ食材でも食べ方が増えるのはいいことじゃない?」
    しかし鏑丸が焼いた魚に興味を示さないので、結局、このまま生の魚と肉を交互にあげることにした。
    小芭内は「鏑丸は自分の食べ物を獲る」と言うけれど、獲り損ねたらと思うと用意せずにはいられない。

    ***

    白露。
    弟弟子に、私の古い教科書を譲ってしばらく経つ。元が賢いのか、よく理解していると思う。
    「前から気になっていたのだけど、文字はどこで習ったの?」
    「ここに来る前に、炎柱邸で」
    「炎柱様はお優しい方ね」
    炎柱様からの紹介で来たのか。口元を隠していても、短く微笑んだのが分かった。慕っているのだろう。

    何事も、訊かれた時だけ教えている。やってみて分かったが、教えることは楽しい。そして、教えたことが覚えてもらえるのは嬉しいものなのだとも気付き、これ以降、私自身の学習意欲も上がった。

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