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1291. 匿名 2024/04/13(土) 23:38:26
>>1013
御伽草子『遠眼鏡』(5)
「疲れたか?」
陽が傾き始め、ガル子を部屋まで送り届けた義勇は、久しぶりに外出したと言うガル子を気遣った
「ううん、全然!楽しくて、むしろ元気になったわ。疲れたのはあなたでしょう。今お茶を淹れるわ」
「いや、茶など必要ない。久しぶりの外出で足も疲れただろう。早く休むといい」
「私はおぶさって移動してただけだもの。疲れてないわ。ね、お願い、もう少しだけ」
「俺たちは日が暮れるまでに帰らなければならない」
「…そんなところまであなたはピエールさんと一緒なのね」
この少女は、どうしても俺を絵本の登場人物にしたいらしい。しかしそれも無理はないのかも知れない。彼女はこのひとけのない場所でたった一人で絵本を眺め、出ることの許されない外の景色を遠眼鏡で眺めながら、日々を過ごしているのだ
俺たちのことが、突如現れた空想の世界の人間のように見えるのかもしれない
彼女の世界の狭さを思うと、義勇は胸が痛んだ
義勇は寛三郎を見た
「今夜は伝令もナイ。お茶くらい付き合っても良かろウ」
鴉にそう言われ、義勇はもう少しだけガル子に付き合うことにした
ガル子がお茶を淹れている間に、椅子に腰掛けた義勇は、目の前のテーブルに置かれている絵本を手に取った
『ピエロのピエール』
読んだことのない本だがうちにもあったのだろうか?
義勇は目を閉じて記憶を手繰り寄せる。『灰かぶり姫』『白雪姫』……姫と王子の物語がかすかな記憶からよみがえる
ガル子が足を引きずりながらゆっくりとやって来て、紅い色の茶が入った西洋の茶碗を義勇の前に置いた
甘い香りが鼻腔をくすぐり、義勇は目を開いた
いつの間につけたのか、蓄音機からは西洋音楽が流れていた
「その絵本のピエールさんはね、本当は王子様なの。町で出会った孤児の少女を楽しませるため、ピエロになってやってくるのよ。でも夕方にはお城に帰らなければならないの。夜には毎日のように舞踏会が開かれるんだけど、ある日ピエールさんがこっそり少女を招き入れて、王子様とダンスをするの。その頁がとても素敵なの」
ガル子は王子と踊る少女の頁を開いた。煌びやかで美しい舞踏会の場面が見開きで描かれている。灰かぶり姫も南瓜の馬車に乗って舞踏会に行ったんだったな、と義勇は思った
「私もこんなふうに踊れたらな。音楽に乗って、軽やかにステップを踏んで……」
うっかりと愚痴をこぼしたことに気づいて、ガル子は口をつぐんだ
義勇はお茶を一口飲むと、椀を置いて席を立った
隣に座っていたガル子は顔を上げ、義勇を見た。もう帰らなければならない時間なのかしら…
思わず俯くと、次の瞬間彼女の身体はふわりと宙に浮かんだ+28
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1370. 匿名 2024/04/14(日) 09:22:18
>>1291
義勇さんの優しさが好き…+23
-2
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1412. 匿名 2024/04/14(日) 11:47:56
>>1291
御伽草子『遠眼鏡』(6)
「きゃっ…?!」
ガル子は義勇に抱き上げられ、腕の中で揺れていた
「王子はこうやって姫を抱き上げるのだろう。俺の家にも絵本はあった」
「えっ、えっ、いいです、こんな…!」
ガル子は顔を真っ赤にしてもがいた
私が踊りたいだなんて言ったから…!ガル子は羞恥と自己嫌悪でいたたまれなくなった
しかし義勇はその両腕でしっかりと彼女を抱き、どうと言うこともない、と言う表情でガル子に問いかけた
「怖いか?」
「ううん怖くない。でも、恥ずかしい」
消え入るような声でガル子がそう答えると、義勇は言った
「俺もだ。でも──」
義勇はそう言うと抱え上げたガル子の顔を仰ぎ見た
我慢ばかりするな
君はこの部屋で一人、もう充分に我慢して来たんだろう
足が悪くたってこうすれば踊れる
それに
「悪くない気分だ」
そう言うと、義勇はガル子を両腕で抱いたままくるりと回って見せた
「踊り方は全く分からないが」
義勇の台詞にガル子が吹き出し、二人は声を合わせて笑い始めた
義勇のこんな笑顔を見るのは久しぶりじゃナと、寛三郎は思った
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