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11165. 匿名 2024/05/03(金) 13:28:17
>>8572
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑨
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
淡々と。淡々と日々は過ぎていく。
実弥が部屋を出て1週間。元々少なかった実弥の荷物は、あっという間に姿を消した。
ただ一つ、人をダメにするクッションを残して。
実弥の抜け殻は主を失って、そこに私が座ってもちっともしっくりは来なかった。
今日はマスターの気紛れで数ヶ月に1回ある日曜の休業日。午後からモブ原さんと会う約束をしている。洗面所の鏡の前で、念入りにメイクをする。ふと、鏡に付いた汚れに目が止まり、指で白い汚れを擦り取る。
今まで特に気にした事も無かったのは、実弥がいつも綺麗にしてくれていからだと、気付く。
そこからメイクも中断して、何かを振り切るみたいに夢中で鏡をピカピカに磨き上げた。
結局そのせいで時間が押して、マスカラも髪の毛も中途半端な感じのまま出掛けた。
私を見てモブ原さんは、「ナチュラルメイクですね」と苦笑いした。そんな微妙な空気のまま私達は映画館へ。記憶を徐々に失っていく主人公の女性と、深い愛情で寄り添う男性。相手を想うからこそ生まれる葛藤に、思わず涙した。多分これを観たら実弥は、私よりも泣くだろう。
映画館を出て、併設のショッピングモールのレストランで食事をする。
「うーん…なんか白々しくて泣けなかったなぁ」
モブ原さんがフォークにパスタを巻き付けながら言う。
「そうですか?私は感動しちゃいました」
「がる子さんて、どんな映画が好きなんですか?」
「んー何だろ、あ、レオン、レオンが好きです。何度も観てます。凄く不器用で、純粋なんですよね、レオンて」
フォークとスプーンを握る手に力を込め、力説した。
「えぇー?レオンは俺受け付けないなー。だってロリコンでしょ?あれはアウトでしょー」
返す言葉が、ない訳ではなかったけれど、引っ込めた。あの映画は確かに名作だけど、賛否両論あるのは知ってるし、合わない人には合わない。仕方がない事なのだ。
しかし、せっかく食事を共にする人と、好きな物を共有出来ないのは、些か残念な気もした。
月曜日の朝。
まだ覚めきらない頭のまま、気が付くとコーヒーを2人分淹れていた。
(あちゃー、何やってんだか)
ダイニングチェアにぺたんと腰を下ろして、6Pチーズとバナナとパンをトレーに並べてコーヒーを啜る。パンはスーパーで買った4枚切りの食パンに、バターをたっぷりと塗った。
誰にも手を付けられずにただ冷めていく1杯のコーヒー。ぼんやりとそれを眺めて、思う。
実弥どうしてんのかな。あの子と上手くいってんのかな。もしかして、今頃彼女と─────
ぎゅっと胸が詰まった。押し流すようにコーヒーを飲み込む。
私は、小さい頃から実弥の近くにいて、誰よりも実弥の事を知ってるつもりだった。仏頂面の裏には実は照れ屋さんが隠れている事、他人に興味が無いように見えて実はよく見てる事、時々自分の筋肉をご満悦気に眺めている事、血も涙も無さそうなのに実は涙脆い事·····
色んな実弥を隣で見てきた。
何でも話してきたのに言えなかった。たった一言、「好き」という言葉を。
隣にいるって、こんなに遠い。
味気のないパンとコーヒーが、お腹の中に沈んでいく。透明な雫がぱたりと音を立ててテーブルに落ちた。
私が知らない事を、あの子はもう知ってるんだろうか。
私が知らない─────実弥の唇の温度を。
🥐続く☕+28
-13
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11174. 匿名 2024/05/03(金) 13:40:30
>>11165
更新お待ちしていました🥐☕
抜け殻になってしまった部屋、切ない…
+20
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11176. 匿名 2024/05/03(金) 13:44:26
>>11165
どんなにいい人でも、価値観が悪い意味で違うと疲れちゃいますよね…
無意識に2人分淹れたコーヒーが冷めていく様子に切なくなりました🥹+23
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11179. 匿名 2024/05/03(金) 13:49:08
>>11165
切ないよぉ…いつもと変わらないパンとコーヒーを美味しねって言える仲って当たり前じゃないのよね
⑧を読んでコメントしてからパン食べにカフェに行っちゃったほど影響受けながら読んでます😊+18
-5
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11285. 匿名 2024/05/03(金) 19:27:53
>>11165
こういう違和感わかるなぁ、、あの人ならこうしただろうなあって比べてしまうのもわかりすぎて…続き待機します+21
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11728. 匿名 2024/05/04(土) 13:04:13
>>11165
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑩
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
朝、今までより1時間早く起きて、自分なりにちゃんとした朝食を作る。パンとコーヒー、サラダ、スクランブルエッグとベーコン、ヨーグルト。出勤までの隙間時間に読書をして、早めに家を出てバスには乗らずにウォーキングがてら徒歩で出勤。
「朝活」とはよく言ったもので、これまで慌ただしかった朝に時間や気持ちに余裕が生まれるというのは、確かに爽快で背筋が伸びる心地がする。
『苦手なら努力しないとダメですよ』
モブ原さんの言葉で、これまでしっかり者の実弥に甘えていた自分を反省し、生活を見直した。
金曜日の閉店前、モブ原さんがお店に来てくれた。
「お疲れ様です。終わったら送りますよ」「ありがとうございます。じゃあサンドイッチサービスしますね」
ハムとチーズ、野菜のサンドイッチを提供して、店じまいに取り掛かる。気を利かせたマスターが、戸締りはやってくから、と先に上がらせてくれた。
「すみません、お待たせして」「いえいえ、じゃあ行きましょうか」
モブ原さんの車に乗り込むと、今日はいつになく香水の匂いがキツイ。持ち帰り用に淹れたホットコーヒーの匂いと、完全に喧嘩している。気付かれないように窓の外を見ながらハンカチで口元を覆って、深く呼吸をした。
車は大通りを抜け、住宅街に差しかかる。実弥が働くパン屋の前を通過し、何気なく目をやったコンビニの駐車場に、あの髪の長い女の子と立ち話をしている実弥がいた。
ズキン、と胸に痛みが走った。
「…すみません、ちょっと窓開けても良いですか」
「え?あぁ、良いですけど、この先工場地帯で独特の匂いがするから嫌なんですよねぇ」
なんとなく、苛立ちを含んだ声色に変わった気がした。
「あ、いえ、なら止めときます」
「そうして下さい」
車内に気まずい沈黙が落ちる。
不意に眠気が襲って来た。朝早く動き始める様になったから、早く眠くなるのも必然的な事だった。なるべく気付かれないように、欠伸を噛み殺した…つもりだった。
「そんなにつまんないですか」
「…え?」
モブ原さんの冷ややかで棘のような声に、身体が強ばる。
「欠伸噛み殺してるのバレてますよ。さっきから窓の外ばっかり見てるし。がる山さん、俺といてもなんか壁があるって言うか、一歩引いてる感じで、何か不満があるなら言って下さいよ」
「い、いえあの…ごめんなさい、そんなつもりは全く無くて…気を悪くしないで下さい。モブ原さんは何も悪くないです」
はぁ、とモブ原さんは大きなため息をついて煙草に火をつけた。車内に煙草と、香水と、コーヒーの匂いが混じり合って充満する。
(·····あ、)
ドクン、と心臓が大きく収縮するのが分かった。これはまずい。頭がクラクラする。息が苦しい。
「…あの、すみません、ちょっと気分が悪くて…」
「えー、車で吐かないで下さいよ?」
そう言ってモブ原さんは、道路脇に車を停めた。
…あー、無理だ。私には色々と。
「すみません、ここで降ります。歩いて帰れますから大丈夫です。ここまで送ってくれてありがとうございました」
とにかく、早くここから出て息をしなければ。苦しくて、眩暈がして、全身から冷や汗が吹き出る。でもなるべく気取られない様に、ドアを開けて車を降りた。
「大丈夫ですか?」
視界の端に戸惑うモブ原さんの顔が映る。「大丈夫です」と言い切ってドアを閉めると、ややあってから車はゆっくりと走り出し、去って行った。
よろめきながら電柱に手をついて呼吸を整える。
私は、まだあの匂いから解放されてはいなかった事に、大きなため息が出た。
🥐続く☕+27
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