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10972. 匿名 2024/05/02(木) 23:47:17
>>10529 つづき ⚠️
「チョコが溶けるその前に」13
私はいま怒られている。約束通り非番の日にモブ原さんとクッキーを作ったが、たくさん出来上がってしまったのでモブ乃さんにお裾分けしたいと言ったからだ。
「ガル子さん、水柱から彼女のところへは行かないように言われているはずですよ。たまに私の目を盗んで行ってるでしょう。水柱にもお見通しですよ」
「お願い!!」
「駄目です」
結局、モブ原さんも一緒なら、という条件で二人でモブ乃さんの元へ向かった。道中、なぜモブ乃さんの元へ行ってはダメなのか理由を聞くと、モブ原さんは少しの間考えて口を開いた。
「モブ乃さんは、鬼に狙われています」
「え…」
「これまでにも何度か鬼に襲われかけてます。ここだけの話、水柱の指示で内密に彼女に護衛を付けてるんです」
「なんでモブ乃さんが…」
「最初は、彼女が鬼を呼び寄せる稀血なのかもしれないと思いました。でも調べたら違った」
「じゃあなんで…」
「護衛の隊士が聞いたそうですが、彼女を襲おうとした鬼を討伐した際にその鬼がうわ言のように言っていたそうです。"あの方に美しい人間を"と」
「…どういう意味ですか?」
「鬼は女子供を好みます。鬼にとって、男を喰うより栄養価が高い。その中でも特に美しい人間に執着する鬼がいて、"献上"しているのではないかとお館様が」
たしかに、会う度に圧倒されるくらいモブ乃さんは美しい。でももしこれが本当だとしたら、毎日どれほど不安な気持ちで過ごしているのだろうか。
「どこかに、逃げたほうがいいんじゃ…」
「鬼は情報を共有する。彼女がどこへ逃げようが、また違う鬼が襲いに来る。実際、何度か居場所を変えていますが、いたちごっこです。とにかく鬼殺隊は、彼女を守るしかない。水柱がせめてもの思いで藤の花の御守りを届けているのもその為です」
「…あ!じゃあ、モブ乃さんを冨岡さんのお屋敷で匿えばいいんじゃ?たしか柱のお屋敷は鬼にみつからないように工夫してるんですよね?」
「実は、最初の頃はお屋敷に居たこともありました。でも、彼女が一方的に出ていってしまって」
「なんで……」
「…それが、"男女の仲は複雑"ってやつじゃないでしょうか」
この前のモブ原さんの言葉が浮かんだ。
"水柱には、お慕いしている人が──"
「あれ、お店閉まってますね」
いつの間にかモブ乃さんのお店の前まで来ていた。いつもならとっくにのれんが出ている時間なのに、のれんどころか入口も鍵が閉められ店内に人がいる気配は無い。
「お休みですかね?」
「裏口に回ってみましょうか」
隣の店との間を通り抜け裏に回ると、見慣れた半々羽織が目に入った。
(え…冨岡さん?)
中には入らず立ち止まったままの冨岡さんの肩越しに窓から中を覗くと、───モブ乃さんが知らない男の人と抱き合っていた。
「あ……」
思わず声を出した私に気付きこちらを振り返った冨岡さんを見て、心臓がどくんと鳴った。
───ああ、この人もこんな顔するんだ
「──すまない、後でこれを彼女に渡してくれ」
私の手に置かれたのは、いつも冨岡さんがモブ乃さんに定期的に持ってきているという藤の花の御守りだった。
「…冨岡さん、」
「用事を思い出した、もう行く」
目も合わさずにそう呟くと、この街の人混みに足早に消えて行った。ぎゅっと握られていたのがわかるほど歪な形になった御守りを残して。
「……やっぱり、好きなんじゃん」
冨岡さんはその日、朝まで屋敷に戻らなかった。
つづく+32
-4
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10975. 匿名 2024/05/02(木) 23:51:19
>>10972
あー、ガル子ちゃんも辛いし冨岡さんも辛いよね🥲+25
-1
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11478. 匿名 2024/05/03(金) 23:28:51
>>10972 つづき ⚠️🐚
「チョコが溶けるその前に」14
屋敷に戻ってから眠れるわけもなく、洗った包帯を縁側で巻きながら時間を潰した。いや、時間を潰したというより、あの人を待ってしまっていた。
(私はなんで待ってるんだろ…)
空が白みがかり指先もだいぶ冷えた頃に待ち人が帰ってきた。
いつもは結んである髪が解かれ、お酒と煙草、それに混じってほんのりおしろいの匂いを纏った冨岡さんはあの後あの街でどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
「…もう起きてるのか」
「…また遊んできたんですか」
「俺が何しようがお前には関係ない」
関係ない、と突き放されて思わずムキになる私はやはりまだ子供なのだろう。
「なんでこんな事ばかりするんですか?」
「こんな事とは…?」
「虚しくないんですか?好きでもない女の人と遊んで」
「……」
「好きなんですよね?モブ乃さんのこと。振り向いてもらえないからヤケになってるんですか?」
「お前には関係ないと言ってるだろう」
ああダメ、これ以上言ったら。でももう言葉が止まらない。こんなふうに責めたいんじゃないのに。
「そういうのってすっごいダサいですよ?だから振り向いてもらえないんじゃないですか?てか、そんなに遊び歩いてまだ足りないの?」
言い終わると同時に手首を掴まれて部屋に連れていかれると、既に敷いてあった布団に押し倒された。
「──足りないな、全然」
私に重なった冨岡さんの身体の重みが徐々に増していく。
「それとも、お前が補ってくれるのか?」
笑みを浮かべる口元とは裏腹に目は悲しみを含んでいて、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
「いいよ」
冨岡さんの目がわずかに見開いたのがわかった。解かれた髪の先が私の頬に垂れてくすぐったい。
「いいよ。それで冨岡さんの気が済むなら。あんな苦しそうな顔するくらいなら、いま全部吐いちゃえばいいよ」
それであなたが楽になるなら。少しは気が紛れるなら。
「…逃げるなら今のうちだぞ。俺はいま機嫌が悪い」
「逃げないよ。…大丈夫」
大丈夫、は自分に言い聞かせた言葉でもあった。言い聞かせないと、身体が震えそうだったから。
冨岡さんの煙草の匂いがついた指先が私の顎に触れて、角度を整えられる。
最初は軽く触れただけだった。意外と熱い唇が、私の鼓動を速くした。
「…冷えてるな」
それは、縁側でずっとあなたを待ってたから。
「誰のせいだと、思ってるんですか」
「俺だな」
「…だったら、あっためてください」
再び唇が重ねられた時には、もう何も考えられなくなった。今度はさっきよりも深く。
こうして私の心の中にいとも簡単に入ってくるのだ、この人は。機嫌が悪いと言われてされたキスが甘くて、砂糖漬けにされているようだった。
この人を好きになってしまったら、きっと私は泣くだろう。
報われない恋をして、傷ついて。それでも、大丈夫だから。だから、
「もっと……」
───もっと傷つけて大丈夫だよ
つづく+32
-7
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