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10675. 匿名 2024/05/02(木) 17:32:49
>>572文学
>>10464
「春の夜の夢」 第七話
熱海から帰ってからの数日は、疲れもあり自宅で過ごした。
その間、伊黒さんは1人で外出したり、自室で俳句を詠んだりしていた。
その日、朝から家の掃除をしていると、何やら焦げ臭い匂いがした。
匂いの元を辿ると、伊黒さんが庭で何かを燃やしている。
声をかけようと思ったけれど、顔を見て躊躇した。
炎を見つめる横顔は硬かった。
私に気づいた伊黒さんがふっと目尻を下げたのを機に、隣に移動し一緒に焚き火を見つめた。
「人がこの世に残しておけるものは、それほど多くはない」
炎を見つめながら伊黒さんは静かに言った。
─儚きこと春の夢のごとし─
ふと、そんな言葉が頭の隅をよぎった。
炎の向こうに見える桜には緑色のものが目立ち始めている。
伊黒さんは続けた。
「先日読んだ本に、興味深いことが書いてあった。桜が咲くと、人は悲しいことや辛いことをいっとき忘れて外に出て楽しむそうだ。そして短い幸福なときが過ぎたら、新たな力と満ち足りた思いを持って日常に戻っていく」
その時、強い風が花びらを散らし、花びらと灰が混ざり合いながら舞い上がった。
それを目で追い、顔をあげた伊黒さんがぽつりと呟いた。
「そろそろ、おわりだな」
武士道/新渡戸稲造 より一部引用
続く
+29
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10680. 匿名 2024/05/02(木) 17:52:33
>>10675
読んでます♡伊黒さんの文学的なセリフが素敵ですね…✨
+24
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10682. 匿名 2024/05/02(木) 18:02:19
>>10675
そろそろ、なのか…(T-T)毎回隅々まで美しくて浸っています+26
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10753. 匿名 2024/05/02(木) 19:46:17
>>10675
切ないなぁ…+19
-6
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10782. 匿名 2024/05/02(木) 20:24:38
>>10675
えっ…まって、お願い…+19
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10876. 匿名 2024/05/02(木) 21:30:31
>>4115夢だけど夢じゃなかった
>>10675
「春の夜の夢」 第八話
⚠️死に関する表現があります
⚠️解釈違い
桜が散り切ったころ、伊黒さんは消えてしまった。
死期を悟った猫のようにそっと姿を消し、当たり前のように伊黒さんのいない日常が戻ってきた。
別れの予感がしていなかったわけではない。
むしろこんな風にひと時の夢だったと思えるようなお別れで良かったかもしれない。
2度も大切な人を見送ることは、きっと私には耐えられない。
伊黒さんの家を出ようと決め、久しぶりに伺ったお館様のお屋敷では藤が見頃を迎えていた。
私の顔を見るなりお館様は口を開いた。
「小芭内が来たんだね」
驚いている私に、お館さまは静かに微笑んでいる。
「がる子に渡すものがあるんだ」
そう言って、小さな箱と封書を奥から持ってきた。
それらを手元に置いたまま、お館様は話し始めた。
「産屋敷家には鬼殺隊の歴史が刻まれた書がある。後世のために隊士の一人一人が残した記録を元に編纂されているんだ。天保4年にこんな記録がある。『それはかように摩訶不思議な血鬼術であった。当てられたものはこんこんと眠り続け、起きた時には見たこともない世界の話をする。そのものの話では世の中には侍はいなくなり、徳川幕府も大政奉還したと…』記録はまだ続くのだけど、これはね、時空を超えたという話ではないかと思うんだ。おそらく小芭内にも同じことが起こったのだろう。小芭内は無限城以前の戦闘で一週間ほど意識が戻らないことがあったね。その怪我から回復した後に、鬼殺隊報告を持ってきた。そこに戦闘の記録とともに小芭内が見た不思議な夢のことも書いてあった」
お館様は小箱に目を落として続けた。
「もちろん血鬼術の影響で見た夢だから、都合の良い夢を見せる夢魔ということもあるが、信じるに足る何かがあったのだろう」
どれも初耳だったけれど、産屋敷家の特有の勘で、お館様には半ば確信があったのかもしれない。
無限城戦の後、お館様が私に落ち着くまであの家にいてもいいとおっしゃったときには、ただの端女にずいぶんと寛大な、と驚いたが、私のためではなくて伊黒さんのためだったと思えば合点がいく。
でも……
「伊黒さんは目覚めた後、そんなこと一言も……」
お館様のお話が本当なら、過去から未来に飛んだ伊黒さんは行く末を知っていたことになる。
お館様は諭すように言った。
「がる子も覚えていると思うけれど、目覚めてからの小芭内は鬼気迫るものがあった。小芭内が今生に未練を残していたら、鬼舞辻には勝てなかっただろうね」
不意に、焚き火をしていた伊黒さんの厳しい顔を思い出した。
あの後、私書の類いは全て空になっていた。
全てが少しずつ繋がっていき、涙が溢れ出した。
「小芭内は優しい子だったね」
涙と嗚咽でぐしゃぐしゃになりながら声を絞り出した。
「……はい。優しくて強くて誰よりも誇り高い人でした」
「がる子が知りたいことは、きっとその手紙に書いてあるよ」
私は手紙と小箱を受け取って産屋敷家を後にした。
続く
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