ガールズちゃんねる
  • 1047. 匿名 2024/04/13(土) 20:01:30 

    >>868
    『燻し銀に憧れて』 第二話⚠️恋の始まり💎⚠️解釈違い

    「仕事何やってんの?就活生みたいなスーツ着てるけど」

    「出版社の編集で…担当先が結構お堅い会社だからスーツはコレじゃないとダメなんです」

    ふーん、と彼の視線が私のダークグレーのジャケットから耳元へ移る。
    「それでアクセサリーも禁止なんだ」

    ハッと耳元を抑える。右耳に開けたピアスの穴は3つ。彼からは見えないけれど、左耳にも2つ。

    「…今はこんな感じですけど、私、美大出身で…毎日ツナギ着て創作もしてたんです。自由な環境だったのでお気に入りのピアスは全部一度につけられるようにして…やりたい放題でした」

    「まぁ芸術家は自己表現してナンボだから。でもそういうタイプにとっては尚更そのスーツ、息苦しそうだな」

    …考えたことはなかった。でも確かに緩いツナギをカラフルな絵の具で汚していた過去の自分と比べたら…タイトなスーツに硬いパンプス姿で忙しない日々を送っている自分は別人のように思えた。

    「元々芸術家でやっていけるタイプじゃないとは思ってて。就職したら美術関連の書籍出版に携わりたかったんです。…でもなぜかずっと科学系の雑誌、担当してます」

    「希望と全然違うんだな」
    「…科学、昔から苦手なんです。なんで私が担当してるのか不思議なくらいで」

    話しながら思い出されたのは、お絵描きに夢中になっていた幼い頃の自分。

    「大人になったら大好きな物に囲まれて、大好きなことに夢中になって生きていこうって思ってたんですけどね」

    酔っていると感傷的になってしまう。折角のこの特別な時間は笑顔で過ごしていたかったのに、急に胸がぎゅっと詰まる感覚があった。
    「大人になって諦めることも覚えたけど…それでも一つくらい、大好きな物が近くにあっても良いのに…」

    最後の言葉は声にならなかった。
    今の自分には何もない。その事に気付いてしまった。
    嫌いなことや苦手なことに囲まれて、好きなものを沢山手放して、私は一体何をしてるんだろう。

    「………宇宙も元素も化学式も好きじゃない」

    自分でも信じられないくらいボロボロと涙が溢れた。歯を食いしばっても、止まらない。恥ずかしくて下を向いたけど、止まらない。

    きっと仕事の疲れとアルコールと、マスターの眼差しと、イケメンなのに気さくな彼と、この絵のせい。

    今子供みたいに泣きじゃくっているのは誰なんだろう。私はもうとっくに、物分かりの良い大人になれたはずなのに。自分で自分がわからなくなって、胸が苦しくて、溢れてくる感情を止められない。心の奥にずっと閉じ込められていた誰かの叫び声が聞こえた気がした。

    (つづく)

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  • 1057. 匿名 2024/04/13(土) 20:30:02 

    >>1047
    読んでます💎✨

    +22

    -5

  • 1143. 匿名 2024/04/13(土) 21:18:23 

    >>1047
    読んでます💎
    ガル子ちゃんの気持ち、とでもよく分かってなんだか胸がギュッとなるよー。
    天元様とどういう関係になっていくのか楽しみです!

    +23

    -2

  • 1146. 匿名 2024/04/13(土) 21:20:37 

    >>1047
    読ませてもらっています☺️

    +18

    -3

  • 1380. 匿名 2024/04/14(日) 10:02:25 

    >>1047
    『燻し銀に憧れて』 第3話⚠️恋の始まり💎⚠️解釈違い

    「大丈夫?これ使って」
    マスターの手がお絞りとティッシュをそっと置いてくれるのが見えた。
    優しい。ここには優しい人と好きな絵と愛しかない。

    「うううぅ、ここに居たい…」
    「え?何だって?」
    「アタイ仕事辞める。ここで暮らしたい…ここで働いて毎日この絵をみていたい…マスター、バイト募集してない…?」

    グズグズ鼻をかみながら一縷の望みを託してみたけれど「うちは人雇えるほど儲かってないよ」と申し訳なさそうな声が聞こえた。
    あぁ…現実は甘くない…そう思って絶望の溜息をついた時、隣の席で彼がポツリと呟いた。

    「なぁ、良さそうな話があるんだけど」
    「…うぅ…なに?」
    「この絵のオッサン、スタッフ募集してるぜ」
    思わず跳ねるように顔を上げる。涙も鼻水もそのままに。

    「え!え!スタッフ?!手伝えるの??」
    「スゲェ顔だな!まぁ落ち着けよ。この人今年個展の予定があって。加えて別件の仕事も相当忙しいらしくて、人手が欲しいんだって」

    急に目の前が明るくなった気がした。混沌とした私の未来に差す一筋の希望ッッ!!

    「個展!?ちょっ、ちょっと情報ほしい!」
    「この絵のイメージを膨らませて『青』のシリーズを描いてるらしい。仕事、興味ある?」
    「ある!め、ちゃ、く、ちゃ、ある!!」

    ちょっと待ってろ、とバッグから取り出したノートを一枚破り、何やら書き始めた。

    「求人の問い合わせ先な。…多分、事務スタッフの契約社員ってことになるんじゃないかなぁ」
    「うわわ嬉しい!燻し銀、お会いできるってこと?面接とか?緊張するぅぅ」

    ふと時計を見るともう終電の時間が迫っていることに気がついた。

    「あ、あ、あの、そろそろ帰らないと」
    「んん、俺からも話しておくから、詳しいことは週明けにココに電話してみて」

    小さく畳まれたメモを社会人らしく両手で受け取り、手早く一礼。
    「ありがとうございます!絶っっっ対、電話します!」
    お会計を終えると挨拶もそこそこに、駅に向かって走り出した。

    ──ぎりぎりで飛び乗った下りの最終電車。座席に座ると、思いの外酔いが回っていることに気付く。体が重い。でも心は軽やかだ。

    …それにしてもあの人、カッコよかったなぁ。今更ドキドキし始めた。この私があんな造形美の権化みたいな人とお酒を飲む日が来るなんて。泣いてしまったのは大失態だったけど、彼は嫌な顔もせず、優しく気取らず…これ以上ない助け舟を出してくれた。ちゃんとお詫びとお礼をしなきゃ。あの店の常連さんみたいだし、次はビールでもなんでも奢っちゃう。…んふふふ。
    思わず乙女のトキメキが表情に溢れ出たが、他の乗客に見つからないように慌てて下を向いた。

    (つづく)

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