-
10464. 匿名 2024/05/01(水) 23:13:03
>>1214花篝
>>4162もう少しだけ一緒にいたい
>>657推しと夜更かし
>>1224ひとりにしないで
⚠️プラトニックのつもりですが、どちら解釈でも良いので🐚つけておきます
>>10311
「春の夜の夢」 第六話
夫婦とみなされることを受け入れてしまってからは、格段に過ごしやすくなった。私の方は返事をするたびに頬に熱が上がってくるけれど、伊黒さんは声をかけられても「ありがとう」とさらりと受け流していた。そして、ゆでだこのようになっている私を見て笑っている。私はどんな理由でも伊黒さんが笑っているのが嬉しかった。
昼の混雑を避けて、私たちは陽が落ちてから外に出た。宿からほど近いところに桜の名所があるらしい。道の左右に篝火が焚かれ、桜が白く浮かび上がっている。先はどこまでも続いていて終わりが見えない。幽玄なその雰囲気は、足を踏み入れるのを躊躇わせた。
「桜は静かに準備をして、一気に咲き誇って花を散らす。見事なものだ」
伊黒さんの声を聞きながら見つめる先で、花は惜しみなく花びらを散らしていて、怖いくらい綺麗だった。
台帳にあのように書いたから当然といえば当然だが、部屋に二組ぴったりと敷かれた夜具には面食らってしまった。
こんな距離で寝られるわけがない。
「あの……あまりお見苦しい寝姿をお見せするわけにいかないので、私は隣で寝ます」
慌てて隣の間に移動させようと布団にかけた手を、そっと制された。
「俺は全然気にしないが」
「いえ、私が気にしますので」
「言い換えよう。俺がきみにいて欲しいんだ」
伊黒さんに見つめられると強く反論できない。
重なった手を握り直された。
浴衣の袖からのぞく手首が骨っぽい。すぐ隣から石鹸の良い匂いと熱を感じる。
「でも……」
「一人にしないで欲しいと言っても?」
畳み掛けるような言葉に胸が詰まった。
「……そんなこと言うの、ずるいです」
私の方が言いたい。
一人にしないで……
一人にしないで……
一人にしないで……
私を置いていかないで。
伊黒さんに会えなくなってから、何度声に出したか分からない。
気づいたら伊黒さんの胸に引き寄せられていた。
「君は我慢しすぎだ」
優しく背中にまわされた腕も、硬い胸板も、腕にサラサラ触れる髪も全部が愛しくて、幸せで泣きたくなった。
以前はあんなに夜明けを待ち侘びていたのに、朝が来なければいいと思った。
翌朝、目が覚めて起きあがろうとしたら、腰に回された腕が私を布団の中に連れ戻し、掠れた声が耳に響いた。
「もう少し……もう少しだけ一緒にいたい」
続く
+30
-7
-
10475. 匿名 2024/05/01(水) 23:20:30
>>10464
美しくて哀しくて幸せで…胸に迫ります+18
-6
-
10476. 匿名 2024/05/01(水) 23:20:49
>>10464
もうダメ…切なさと恋しさで胸が苦しい+17
-4
-
10482. 匿名 2024/05/01(水) 23:23:55
>>10464
読んでます
夕暮れの花篝の様子も夜の抱擁も全てが素敵です
一話一話色んなお題に沿って書いてらっしゃるのもすごい+20
-6
-
10485. 匿名 2024/05/01(水) 23:24:29
>>10464
読んでます。美しくて切ないです…🥲
+17
-5
-
10497. 匿名 2024/05/01(水) 23:34:10
>>10464
赤くなるガル子さんを見て笑う伊黒さんが微笑ましくて、「言い換えよう。俺がきみにいて欲しいんだ」のセリフに撃ち抜かれて、朝が来なければ良いが切なくて…
切ない😢😢+23
-5
-
10675. 匿名 2024/05/02(木) 17:32:49
>>572文学
>>10464
「春の夜の夢」 第七話
熱海から帰ってからの数日は、疲れもあり自宅で過ごした。
その間、伊黒さんは1人で外出したり、自室で俳句を詠んだりしていた。
その日、朝から家の掃除をしていると、何やら焦げ臭い匂いがした。
匂いの元を辿ると、伊黒さんが庭で何かを燃やしている。
声をかけようと思ったけれど、顔を見て躊躇した。
炎を見つめる横顔は硬かった。
私に気づいた伊黒さんがふっと目尻を下げたのを機に、隣に移動し一緒に焚き火を見つめた。
「人がこの世に残しておけるものは、それほど多くはない」
炎を見つめながら伊黒さんは静かに言った。
─儚きこと春の夢のごとし─
ふと、そんな言葉が頭の隅をよぎった。
炎の向こうに見える桜には緑色のものが目立ち始めている。
伊黒さんは続けた。
「先日読んだ本に、興味深いことが書いてあった。桜が咲くと、人は悲しいことや辛いことをいっとき忘れて外に出て楽しむそうだ。そして短い幸福なときが過ぎたら、新たな力と満ち足りた思いを持って日常に戻っていく」
その時、強い風が花びらを散らし、花びらと灰が混ざり合いながら舞い上がった。
それを目で追い、顔をあげた伊黒さんがぽつりと呟いた。
「そろそろ、おわりだな」
武士道/新渡戸稲造 より一部引用
続く
+29
-8
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する