ガールズちゃんねる
  • 10387. 匿名 2024/05/01(水) 22:23:17 

    >>9898《ア・ポステリオリ》3
    ⚠️趣味全振り・何でも許せる方向け

    夢を見ていた。大好きだった人と当たり前のように手を繋いで歩く、もう戻ってこない日常。
    手に触れた、私よりがっちりと骨ばった指の感触のリアルさに夢うつつに気が付いて、はっと目を開けた。

    「……誰?」

    寝ぼけた私が掴んだ手の主が、目の前で怪訝そうな表情をしていて慌てて手を離す。驚きすぎて、そっくりそのまま同じ言葉を返しそうになって、すんでのところで飲み込んだ。
    昨夜のことを簡単に説明する私の話を聞きながらも、彼がさりげなく服(特に下半身)を着ているか確認したのを見逃さなかった。

    「…それで、ここまで連れて帰ってきたら力尽きて私まで寝てしまったみたいで」
    「ほー…それはヤバくね?」
    「…何が?」
    「知らない男の家に勝手に上がり込んで、寝室にまで入り込んでグーグー寝てるとか、危機管理意識どうなってんの?」

    酔い潰れて、知らない女に家の鍵まで開けさせてるそちらに言われたくないような気がする。

    「…もうどうでもいいんです、色々。ってか、最近あまり眠れてなかったので久しぶりにこんなに眠れました。まだちょっと早いし、嫌な夢見て寝覚め悪かったので、もう少し眠ってから帰ります」
    「はぁ?変なやつ…ってか、寝ぼけて人の手握っといて嫌な夢とか言ってんじゃねぇよ…。​──まぁいいわ。俺もまだ寝るから」

    そう言って彼はベッドに上がって、横になったようだ。そういえば、大変な思いをして連れて帰ってきたのにお礼の一言もない。タクシー代だって私が出したのに…と思うと、無性に腹が立ってきた。このまま私だけ床に寝るなんて納得いかない。

    「うわっ…お前、図々しいな…」

    ベッドに上がり込んできた私に呆れたようにぶつぶつ言っているのは聞こえないふりをして、再びブランケットを鼻まで引き上げ目を閉じ身体を丸めた。

    次に目を開けた時は、カーテンの向こう側の空では完全に陽が登っていた。もう昼頃だろうか。
    大きく伸びをすると、隣に眠っていた彼も同じように伸びをしてから、ちらりとこちらに視線を向ける。

    「まだいたのか…」

    まだいたも何も、鍵を閉められないからあなたが起きないと帰れないんですよ、と心の中で言い訳をしつつも、知らない男の人とベッドに並んで横になっているのは少々気まずい。

    「すみません、すぐ帰ります。お世話になりました…」

    ベッドから出て頭を下げると、面倒くさそうに起き上がった彼に引き留められる。

    「…ちょっと待て。送ってくわ」
    「いえ、いいです。近いので大丈夫です」
    「遠慮すんなって。昨日世話になったみてぇだから、一応礼儀として。記憶にはねぇけど」
    「泊まらせてもらったので、それで十分です」
    「煙草買いに行くついでだから」

    なんだかんだ押し切られて、一緒に玄関を出る。
    大人しく着いていくとマンションの一階の駐輪場にある大きなバイクの前で立ち止まった彼に、ヘルメットを渡された。

    つづく

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  • 10397. 匿名 2024/05/01(水) 22:31:46 

    >>10387《ア・ポステリオリ》4
    ⚠️趣味全振り・何でも許せる方向け

    「あれ?車かと思った…」
    「悪かったな…期待外れで」
    「いえ、違うんです。初めてだから、バイクに乗るの」

    ちゃんと乗れるだろうかと不安に思いながらも、受け取ったヘルメットを被り顎の下のベルトを留める。さっさと先にバイクに跨った彼に、早く後ろに乗れと促され恐る恐る大きな車体によじ登った。

    「足、そこに置いて」
    「ここ…?」
    「そー。行くぞ。家まで道案内頼む」

    前を向いてエンジンをかけた彼が、こちらを振り向く。

    「お前落っこちそうだなぁ…もちっとこっち来て。で、手ぇこっちな」

    前に詰めて腕は彼のお腹に回すように言われ、言われた通りにすると彼の背中に私の身体が密着する形になった。なるほど、この方が安心だ。
     
    「ちゃんと掴まっとけ。マジで落っこちんなよ」

    大きなエンジン音を立て発進したバイクは、音に似合わずそっと走り出した。振り落とされるような動きではなかったけれど、初めて感じる直接頬を掠める風の勢いに少し驚いて、お腹に回した腕にぎゅっと力を込めてしまう。

    「あー!家そこです!!」
    「おい!耳元でそんな大声出すな!聞こえてるっつーの!ってか、近っ!」

    おそらく徒歩三分程の距離は、バイクだとあっという間だった。

    「近いって言ったじゃないですかっ!!!」
    「だからうるせーっつってんだろうが!声のボリューム落とせ!」
    「エンジンの音が!すごいから!」 
    「聞こえてるっつってんだろ!」

    二人で大きな声で騒いでいると、彼は私が指差すマンションを素通りした。

    「あーーー!家通り過ぎた!」
    「あーーー!うるせぇ!俺、この先のコンビニに用あるからついでに付き合え!」
    「何のついでですか!!」
    「はぁ!?ついでとか何もねぇよ!お礼に飯買ってやろうとしてんだから、空気読んで大人しく着いて来い!」

    私に釣られているのか、彼まで声が大きくなっている。

    「あ、コンビニあっち…あー!通り過ぎましたけど!」
    「っだーーーー!お前がうるせぇから車線間違って入れなかったじゃねぇか!」

    家もコンビニもどんどん遠ざかっていく。太陽の下で風を感じながらこんなに大きな声を出すのは、いつぶりだろう。この爽快感何かに似ていると考えていたら、元彼と乗ったジェットコースターを思い出してしまった。
    こんなことを思い出すのは、今朝嫌な夢を見たせいだと一人で悶々としていると、バイクのエンジン音がふっと消えた。いつの間にか停まっていたのは、ラーメン屋の駐車場。

    つづく

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