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1013. 匿名 2024/04/13(土) 19:14:27
>>1008
御伽草子『遠眼鏡』(4)
「ねぇ、義勇さん、その羽織は二つの着物を縫い合わせているのでしょう?」
「そうだ」
「その葡萄色(えびいろ)の羽織…とても良い物ね。そして女性ものみたい。亀甲模様の方はしっかりとした先染めの生地。縫い合わせるには少し不釣り合いな気がするけど、もしかして大切な生地なのかしら?」
「織物にも詳しいのか」
最後の問いには答えずに義勇は言った
「うん。生地は父の会社の商品の一つだもの。あの家には見本の生地や反物もたくさんあって、それを眺めるのは私の楽しみの一つでもあるから」
「なるほど」
「ね、義勇さん。絵本のピエールさんの服もね、柄の違う布を繋いで作った衣装なの。西洋ではパッチワアクと言って、小さな端切れを縫い合わせて服や小物を作る手法があるんですって。家族が愛用していた柄の布や、着なくなった思い出の服を端切れにして縫うの。だから彼はその衣装を着るとすごく元気になって、魔法をたくさん使えるの。パッチワアクにはすごい力が宿っているのよ」
彼女の話は義勇に心地良く響いた
彼女と話していると、幸せだった頃の思い出がよみがえる。想いを繋ぎ合わせて作った服が人を強くする、それは義勇が一番良く知っていることだった
「…そうだな、同感だ」
義勇は頷き、羽織をかけた己の肩にそっと触れるのだった
+25
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1291. 匿名 2024/04/13(土) 23:38:26
>>1013
御伽草子『遠眼鏡』(5)
「疲れたか?」
陽が傾き始め、ガル子を部屋まで送り届けた義勇は、久しぶりに外出したと言うガル子を気遣った
「ううん、全然!楽しくて、むしろ元気になったわ。疲れたのはあなたでしょう。今お茶を淹れるわ」
「いや、茶など必要ない。久しぶりの外出で足も疲れただろう。早く休むといい」
「私はおぶさって移動してただけだもの。疲れてないわ。ね、お願い、もう少しだけ」
「俺たちは日が暮れるまでに帰らなければならない」
「…そんなところまであなたはピエールさんと一緒なのね」
この少女は、どうしても俺を絵本の登場人物にしたいらしい。しかしそれも無理はないのかも知れない。彼女はこのひとけのない場所でたった一人で絵本を眺め、出ることの許されない外の景色を遠眼鏡で眺めながら、日々を過ごしているのだ
俺たちのことが、突如現れた空想の世界の人間のように見えるのかもしれない
彼女の世界の狭さを思うと、義勇は胸が痛んだ
義勇は寛三郎を見た
「今夜は伝令もナイ。お茶くらい付き合っても良かろウ」
鴉にそう言われ、義勇はもう少しだけガル子に付き合うことにした
ガル子がお茶を淹れている間に、椅子に腰掛けた義勇は、目の前のテーブルに置かれている絵本を手に取った
『ピエロのピエール』
読んだことのない本だがうちにもあったのだろうか?
義勇は目を閉じて記憶を手繰り寄せる。『灰かぶり姫』『白雪姫』……姫と王子の物語がかすかな記憶からよみがえる
ガル子が足を引きずりながらゆっくりとやって来て、紅い色の茶が入った西洋の茶碗を義勇の前に置いた
甘い香りが鼻腔をくすぐり、義勇は目を開いた
いつの間につけたのか、蓄音機からは西洋音楽が流れていた
「その絵本のピエールさんはね、本当は王子様なの。町で出会った孤児の少女を楽しませるため、ピエロになってやってくるのよ。でも夕方にはお城に帰らなければならないの。夜には毎日のように舞踏会が開かれるんだけど、ある日ピエールさんがこっそり少女を招き入れて、王子様とダンスをするの。その頁がとても素敵なの」
ガル子は王子と踊る少女の頁を開いた。煌びやかで美しい舞踏会の場面が見開きで描かれている。灰かぶり姫も南瓜の馬車に乗って舞踏会に行ったんだったな、と義勇は思った
「私もこんなふうに踊れたらな。音楽に乗って、軽やかにステップを踏んで……」
うっかりと愚痴をこぼしたことに気づいて、ガル子は口をつぐんだ
義勇はお茶を一口飲むと、椀を置いて席を立った
隣に座っていたガル子は顔を上げ、義勇を見た。もう帰らなければならない時間なのかしら…
思わず俯くと、次の瞬間彼女の身体はふわりと宙に浮かんだ+28
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