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1008. 匿名 2024/04/13(土) 19:11:13
>>818
御伽草子『遠眼鏡』(3)
それから数日たった後、義勇は再び屋根に乗ってガル子の部屋の窓辺に立ち、背中を向けて彼女を促した
「いいから早く乗れ」
「でも」
「案ずる必要はない。日が暮れる前には責任持って部屋に戻る。安心しろ」
窓枠に座らされたガル子は、目の前で背中を向ける義勇におずおずと体をもたせかけた
「腕を俺の首に回せ。しっかりと捕まっていろ」
義勇はガル子の両足に腕を回して背負うと、ヒラリと地面に飛び降りた。宙に浮くようなその感覚に、ガル子は思わずしがみついた
「大丈夫だ。落としたりはしない」
義勇は弾みをつけてガル子を背負い直すと、林の中へと駆け出した。頬に当たる風が二人を撫でるように通り過ぎていく
味わったことのない感覚。いつ以来かわからないくらいに触れる外の空気。ガル子は高揚した
沼のほとりの倒木に布を敷いて彼女を座らせると、義勇はいつも通りの鍛錬を開始した。
生い茂る枝に当たらぬように移動する基礎訓練から、沼を利用した技の訓練まで、義勇はここに来た時に自らに課す一通りの訓練を見せた。人の目がありながらの訓練には慣れていなかったが、これはこれで己の集中力を高める良い機会になると義勇は思った
その様子を、ガル子は息をするのも忘れて見入った
瞬間移動かと思うようなスピードで駆け抜ける脚力、沼の水を自由自在に操っているかのような技の数々、流麗な刀捌きから出る飛沫のような残像は、まるで魔法だった
ガル子には、絵本の中の憧れの人が目の前に現れたようにしか思えなかった
刀を鞘に納め、息一つ乱さずに戻ってくる義勇をガル子は手を叩いて迎えた
「すごい!すごいわ!あなたはやっぱりピエールさんよ」
義勇は軽く口角を上げてそれに答えると、ガル子の隣に座った。寛三郎は義勇の足元に降りておもむろに帳面を広げると、その翼を器用に丸めて筆を持ち、文字を書き始めた
「寛三郎ちゃんは話せるだけでなくて文字も書けるの?これも義勇さんの魔法?」
「少なくとも俺の魔法ではない。俺も初めて会った時には驚いた。鎹鴉は訓練された特別な鴉だが、文字が書ける者は他にない」
「フォッフォッフォ。亀の甲より年の功ということジャナ」
「何を書いているの?」
「今日の訓練の記録ジャ」
「寛三郎は文章を綴るのが好きなのだ」
な?というように義勇は鴉の頭を優しく撫でた
義勇の羽織の袂が揺れるのを見ながら、ガル子は言った
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1013. 匿名 2024/04/13(土) 19:14:27
>>1008
御伽草子『遠眼鏡』(4)
「ねぇ、義勇さん、その羽織は二つの着物を縫い合わせているのでしょう?」
「そうだ」
「その葡萄色(えびいろ)の羽織…とても良い物ね。そして女性ものみたい。亀甲模様の方はしっかりとした先染めの生地。縫い合わせるには少し不釣り合いな気がするけど、もしかして大切な生地なのかしら?」
「織物にも詳しいのか」
最後の問いには答えずに義勇は言った
「うん。生地は父の会社の商品の一つだもの。あの家には見本の生地や反物もたくさんあって、それを眺めるのは私の楽しみの一つでもあるから」
「なるほど」
「ね、義勇さん。絵本のピエールさんの服もね、柄の違う布を繋いで作った衣装なの。西洋ではパッチワアクと言って、小さな端切れを縫い合わせて服や小物を作る手法があるんですって。家族が愛用していた柄の布や、着なくなった思い出の服を端切れにして縫うの。だから彼はその衣装を着るとすごく元気になって、魔法をたくさん使えるの。パッチワアクにはすごい力が宿っているのよ」
彼女の話は義勇に心地良く響いた
彼女と話していると、幸せだった頃の思い出がよみがえる。想いを繋ぎ合わせて作った服が人を強くする、それは義勇が一番良く知っていることだった
「…そうだな、同感だ」
義勇は頷き、羽織をかけた己の肩にそっと触れるのだった
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