ガールズちゃんねる
  • 9673. 匿名 2023/10/21(土) 15:50:43 

    >>9672
    「🌳約束の木」🍃②(全4話)
    ⚠死別を匂わせる描写がありますがハピエンです

    ────…弥、ねぇ…」
    遠くで誰かが呼んでる。誰だ…?でも、瞼が重くて開かない。
    「実弥ってば!」

    声が近くなって、ハッとして顔を上げると、景色が一変していた。頭上の大銀杏の葉は一面鮮やかな黄金色に染まり、すぐ目の前で、鼻尖と頬を紅く染めた若い女が、俺の顔を覗き込んでいる。まとめ髪の、着物を着た女。初めて見る顔、初めて聞く声。なのに懐かしくて、胸が苦しくて、勝手に鼻の奥がつんと痛くなる。

    俺はというと、何故か着物を着ていて、自分の名前を呼ばれているのに自分じゃないような、おかしな気分だ。

    「まーた外で昼寝してる。もう寒いんだからダメだよ。風邪ひいちゃうじゃない」
    女が頬を膨らます。
    「はい、これ巻いて暖かくして」
    そう言うと、自分の首に巻いていた茜色の襟巻きを解いて、俺の首に巻いた。襟巻に残る彼女の温もりに包まれ、鼻先を擽る陽だまりの香りを吸い込むと、胸の奥深くまで温もりで満たされる心地がした。

    「この程度で風邪なんざひくかよォ」
    言葉が、勝手に口から出た。俺の意志とは関係なく俺は立ち上がって、着物に付いた木の葉を手で払った。
    どうやらこれは夢で、夢の中の俺の言動には干渉出来ないらしい。

    「帰ろ、もうすぐ日が暮れるよ」
    「あぁ」
    女が左手を差し出し、そこに重ねられた俺の右手は、指が2本欠けていた。
    「大丈夫?」
    「どうって事ねェよ」
    軽い口調とは裏腹に、酷く身体が重い。全身の関節が軋み、足が前に出ない。それでも女に悟らせないよう、平静を装って踏み出した。

    続く

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  • 9675. 匿名 2023/10/21(土) 15:54:51 

    >>9673
    「🌳約束の木」🍃③(全4話)
    ⚠死別を匂わせる描写がありますがハピエンです

    ふと、俺の足が止まり、女が振り返る。
    「大丈夫?しんどい?」
    「…いや」
    大銀杏の木に向き直る。
    秋の高い空にすら届きそうな巨樹は、何百年とそこに根を張り、移ろう季節を、流れる時代を見守って来たのだろう。そしてきっと、この先も…

    風が木立を揺らす音だけが、静かに鼓膜を揺らす。見上げた空には、棚引く筋雲がうっすら茜色に染まっている。まるで、世界に俺達2人だけになったみたいだ。

    日が翳り、冷たさを増した空気を吸い込んだせいか、女が咳き込みだした。その小さな背中を摩り、
    「首元冷やすんじゃねェよ」と、さっき巻いてもらった襟巻を巻いてやった。
    「過保護だなぁ」
    と肩を竦める。細い、頼りない肩。
    俺も、女も、そう長くないのだろう。
    労り合うように寄り添って、地に伸びた2つの長い影が重なった。

    「ガル子」
    女の手を握る手に、そっと力がこもった。
    『ガル子』…その名前を呼ぶ自分の声の甘ったるさと、胸がきゅっと詰まるような痛みで、特別な存在なのだと分かる。

    「なぁに?実弥」
    「…100年後の11月29日、ここに来てくれ。必ず迎えに来る。この大銀杏が目印だ」
    「…ん、分かった。私方向音痴だから、迷って遅れたら、ごめんね」
    「お前に待たされんのは慣れてらァ」
    「なにそれ」
    女は微笑み、そのまなじりがきらりと光った。

    「ちょっと忘れもんしちまった。先に行っててくれ。すぐ追いつく」
    「いいけど…大丈夫?」
    「その先の茶屋で甘酒でも飲んで温まってろ。亭主の分のおはぎも頼んどけよォ」
    「はいはい」
    女の笑顔に、胸が高鳴る。

    一緒になってどれ位経つのだろうか。俺が今見ているものが、俺の前世の記憶であるならば、例え短命であろうと、幸せだったのだろうと分かる。
    無数の腕の傷、欠けた指…失うものも多かったろう。でも、微笑みだけでこの胸を満たす程、惚れ抜いた恋女房と結ばれたのなら、きっと───

    大銀杏の幹に触れる。太古の昔からこの場所に息づく生命の未来へと思いを馳せ、ゆっくりと目を閉じた。

    続く

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