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8805. 匿名 2023/10/19(木) 22:03:36
>>8228
⚠️解釈違い🐍 ⚠️己の趣味に全振り ⚠️長丁場 ⚠️何でも許せる方向け
『初恋の君を想う時』三十一話
夕食を終え、私は台所で後片付けをしていた。
あぁもう───私は本当に大馬鹿野郎だ。伊黒さんにこれ以上近付かないようにと思っていたのに…私は今日、距離を取るどころか自ら飛び込んで行ってしまったのだから。此処に居たいなんて言っちゃって、本当にどうしよう。このままでは絶対に深入りしてしまう───。
「ごちそうさま」はい来た。伊黒さんだ。
「あ、はい、洗っておきますね」平静を装い、空になったお膳を受け取る。
「隠さんがお風呂を準備してくれましたよ」
「あぁ、行ってくる」───と言ったのに、まだ其処に立っている。
「あの、何か…?」壁に寄り掛かった伊黒さんが、私の髪をまじまじと見ていた。
「伸ばしているのか?その髪」
「いえ、そういう訳では…まぁだいぶ伸びてますね。お師匠様の所へ行く前に切ります」
「いつもどうしている?」
「…自分で適当に切ってますけど」
「ふぅん」顎に手を当て、何やら考えている───嫌な予感がする。
「俺が切ろうか?」「はい?」この人、今度は何を言い出すの?
「いえ!自分で出来ます!」
「遠慮は不要なんだが」
「遠慮じゃなくて。本当に自分でや「いや、俺が切りたい。明日の昼にやろう」」
「ちょっ「明日は何か用事はあるか?」」
「え?いつも通りに鍛錬を…」
「じゃあついでにちょっと出かけよう。銀座まで」「はい??」
「おやすみ」そう言い残して、さっさとお風呂に行ってしまった。
伸ばしたものの行き場を失った手を引っ込めて、肩に落ちた自分の髪を掴む。───今夜のうちに自分で切ったら怒るかしら……怒るというより、あの下がり眉で悲しげな顔をする伊黒さんが目に浮かび、私は大きな溜め息を吐いた。
※※※
翌朝、いつも通りに起きて鍛錬をしていたが、どうにも集中できない。伊黒さんと銀座にお出掛け…それって俗に言うデー…な訳がない。だって私達は恋仲ではないもの。では何の用事だろう?
井戸の水で顔を洗った。手拭いで顔を拭いていると、縁側から伊黒さんが声をかけてきた。もう出かける時間?まだ何の支度もしていないのに───。
江戸小紋にいつもの羽織りを着た伊黒さんに「ちょっと待っててくださいね」と伝え、急いで自室に戻って身支度をした。
とりあえず、この汗をなんとかしないと。水で濡らした手拭いで、顔と身体を念入りに拭いた。お風呂に入る時間が無いのが残念だ。汗で湿った着物を脱ぎ、代わりに矢絣柄の着物に袖を通して袴を身に付けた。
姿見に映る自分を見る。髪を梳かし、後ろで一つに結い直す。化粧水と乳液で肌を整え、軽く白粉をはたき、目元に少しだけ色を乗せる。それから薄く紅も引いた。母の形見のピアスも付けた。───これで少しは見れる姿になっただろうか?あぁ、もう少し支度に時間をかけるべきだった。…ちょっと待って。これじゃまるで、私がうきうきしているみたいじゃないの。浮かれてなんか───うん、浮かれてる。
そう言えば、銀座に何をしに行くんだろう?そもそも、お出かけなんて何年振りだろうか───伊黒さんとの初めてのお出掛けに、今更ながらわくわくしてきた。
お気に入りの紫色の巾着を下げ、伊黒さんの元へと私は急いだ。
(つづく)+32
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8810. 匿名 2023/10/19(木) 22:09:48
>>8805
⚠️解釈違い🐍 ⚠️己の趣味に全振り ⚠️長丁場 ⚠️何でも許せる方向け
『初恋の君を想う時』三十ニ話
次々と変わる車窓の景色を、きらきらした眼でガル子が見つめている。時折振り返っては、楽しそうにあれは何だこれは何だと訊く様子を見ているだけで、自分も楽しくなってくる。間もなく君は厳しい修行の中に身を置き、更にその先順調にいけば、鬼殺に身を投じることになる。今日がその束の間の休息となれば良いのだが───。
あの後、急いで身支度をしてきたのだろうが、薄く化粧を施して現れたガル子の女っぽさに思わず息を呑んだ。ほんの少し色を乗せた目の前のガル子は、いつもと違い女の色香を放っていた。───女性は苦手なことこの上なかった筈なのだが。不思議なことに、ガル子の放つ『女』に、俺は嫌悪どころかむしろ抗い難い程の魅力を感じていた。
電車が大きく揺れ、混み合った車内の人の波も揺れる。壁に手を付き、彼女が押し潰されないように、目の前の細い身体を自分で覆った。此方を振り向いた顔と、一気に距離が近付く。「───すまない」顔を仰け反らせ、息のかかりそうな距離からほんの少し離れた。
「ありがとうございます」眉を少し下げ、君が柔く笑う。安心したように視線を戻すと、また車窓からの景色を楽しみ始めた。薄い色の睫毛に縁取られた、硝子玉のような瞳。ここ数日で陽に焼けただろうに、それでもまだ白い肌。電車の揺れに応じて揺れる、陽の光を通した淡い色の髪。君の甘い匂いがくすぐったい。君が外の景色に夢中になっている今ならば、髪に触れる程に近づいても気付かれないだろうか。
車掌の声が車内に響く。あと一駅───。もっと長くこの時間が続けば良いのにな。
※※※
「わぁ…」駅を出て、銀座の大通りに立つと、ますます浮き足立ってきた。自分の記憶の中の銀座よりもさらにハイカラになった街並みに、気分が高揚した。西洋雑貨店に呉服屋、時計屋やカフェーもある。モダンな煉瓦街に、行き交う洒落た格好の人々。全てが新鮮で、目移りしてしまう。
───と、ごめんなさい。スーツにハットの男性にぶつかってしまった。ポカンと口を開けて惚けていたから───でもついつい目に入るものに吸い寄せられてしまって───あぁ、伊黒さんを見失いそうだ。余所見を諦めて、人波をすいすい縫って歩く伊黒さんの背中を追った。
※※※
きょろきょろと視線を泳がせて歩くガル子の様子を伺いながら、銀座の通りを歩く。目に入る物全てに目移りしている様子だった。楽しそうで何よりだが、いかんせん危なっかしくてこちらも落ち着かない。
───あぁほら、前をよく見ないと…。ハットの男性にぶつかり謝る姿を視界の隅に捉え、やれやれと溜め息を吐いた。あぁまた───今度は学生らしき二人組の男とぶつかった。───って!なんだあいつらは!馴れ馴れしくガル子に話しかけるなこの塵滓共。彼女の腕を掴んで引き離し、二人組を睨みつけた。油断も隙もあったものじゃないな。
「全く、危なっかしくて見ていられないのだが」「───ごめんなさい」申し訳なさそうに君が謝る。違う。君は謝らなくていいんだ。謝るべきは俺の方。
「はぐれないで」最もらしい理由をくっつけて、君の手を取る。何故ならただの口実だから。この手で君を繋ぎ止めたくて唱えた、身勝手なただの我儘だから。君を直視できなくて、思わず目を外らした。
歩き始めると繋いだ手を君がきゅっと握り返す。振り返ると、はにかむように君が微笑んだ。この手をもう暫く繋いだままにしても許してくれるだろうか?束の間の、このひと時の幸せを、胸に刻みつけるまで───。いつか君が俺の傍を離れるその時まで、君でいっぱいにしておきたいから───。
(つづく)+29
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