-
7828. 匿名 2023/10/17(火) 23:12:42
>>7404
3
これまで何事もなく発展を続けていた町で、失踪者が相次いでいる。彼らは皆、生死いずれにせよ見つからず、かといって行方を晦ます理由なども考えられないのだと。
「……噂は真だった、ということですか」
それどころか、かつての平穏さと現状との落差は、想像以上かもしれない。
柱は苦々しげな表情を浮かべて、頷く。
「やっぱり、知ってたかァ」
「つい昨日ですが、『鬼が棲みついた』という噂を耳にしました」
少なからず被害が出ている。
そして、「鬼が棲みついた」と噂されているのは、失踪が尋常の理由、つまり貧困や病を苦にしたものでは有り得ないからだ。
しかも、よりによって柱が動いている。
事態は深刻と思っておいて間違いはない。
「町に直接向かわれるのではなく、こちらに来られた理由をお伺いしても?」
そんな私の問いに、その人が浮かべた笑みの意味は、何だろう。
「その鬼が好んで喰うのが、別嬪さんらしくてなァ」
「まあ、よく聞く嗜好ですね、──?」
顎に、指がかかって、少し上を向かされた。
「他所の町ったって、お前さんも他人事ではねえよなァ?」
「……はい」
鬼が怖いからではなく、別の理由で声が震えた気がする。誤魔化すように、続ける。
「我々も他人事とは思っておりません。例の鬼がここまで人を喰いに来ることくらいは有り得ます。何より、鬼の被害に悩まされて今日まで来た里です。町の人々の心痛や不安は察するに余りある」
「そしてお前さんは、大層な別嬪ときたもんだァ」
話が、飛躍している気がしたが、指摘する余裕がない。
「──美しいかはともかく、私は健康で、貴方様ほどではなくとも血は稀なもの。鬼を誘ってしまうと理解しています」
きちんと理解しているから。
だから。
今すぐ、その手を離してほしい。
触れられているところに、意識が向いてしまう。
血の流れすら、知覚出来そうな程に。+30
-6
-
7830. 匿名 2023/10/17(火) 23:15:27
>>7828
4(今夜はここまで)
こちらの思いを知ってか知らずか、離してもらえていないままの手が、返事をしない私の肌を滑って、頬を包むように触れる。
「それでも行くつもりだったんだろォ?」
「……はい」
手が離れた、と思ったら。
「……予想的中かよォ……」
無自覚なままに私に緊張を強いていた、その人は。
額に手を置いて、天を仰いで、呻くように言った。
何と言えばいいのか、分からなかった。
でも「半端な力量しかないのに噂の鬼を見に行く気でした」と知られた今、見つめて次の言葉を待つ勇気もない。
黙って急須の花模様を視線で辿っていた私に、投げかけられたのは、思わぬ提案であった。
「──だったらよォ」
「はい?」
「いっそ一緒に行くかァ?」
「、一緒に、ですか?」
大変な危険が待ち受けていることは、分かっていた。
「……鬼殺隊から見て、私は非戦闘員。戦力ではありません。名分もないままに、私を貴方様の権限で連れて行かれるということですか?」
「日輪刀と炎の呼吸を使う非戦闘員、ねェ?」
それでも、やめておこうとは、どうしても思えなかった。
「先に言っておくが、無傷で帰せねェ。守られるのがお前さんの役目だと言ってやれるわけでもねェ」
「覚悟しております」
つまり、柱が派遣される位の鬼がいるのに、一緒に行けば生きて還れる。それで充分だ。
「──じゃあ決まりィ」
「よろしくお願いいたします」
(随分と、お優しいこと)
一人では行かせない、守られるだけにならぬ程度に役立てば私の命を背負ってやる、という意味なのだから。
容姿に言及したということは、私の「役目」は、囮なのだろう。
そのくらい、喜んで引き受けよう。
そう。
私は内心、喜んでいるのだと思う。
自分が、遥か高みにいるあの方の役に立てることに。
任務の短い間であっても、運命を共に出来ることに。+27
-6
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する