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                18891. 匿名 2023/11/06(月) 01:24:00 >>18396〔嘘つき〕7
 
 タクシーの後部座席は悲鳴嶼部長には少し窮屈そうだ。右へ左へと車体が揺れる度、私の肩が少しだけ悲鳴嶼部長の肩に触れてしまう。
 
 何か話したかった……でも。
 
 触れ合う肩が心地よくて、車窓に流れる街の灯りを眺めながら沈黙に身を任せていた。
 
 ずっとこのまま時間が止まればいいのに。
 ……なんてことを思っていた時。
 急にがくんと揺れた衝撃で揺れた身体を支えようと、座席に手をついたつもりが──
 
 私が手をついた先は、悲鳴嶼部長の手だった。
 
 咄嗟に、退けないと…と思ったのに。
 
 初めて会った時からずっと焦がれていた悲鳴嶼部長の手に触れて。すぐに離すのが惜しい…と、なんだか狡いことを思ってしまった。
 
 触れたのは、ほんの少し。
 悲鳴嶼部長の手の甲と、小指と薬指。
 
 それだけなのに、初めて会ったあの時と同じように触れた部分がふんわりと温かくなって、安心感があって、離したくなくて。
 
 すると──
 
 悲鳴嶼部長の手はくるりと上下を返し、私の手のひらと悲鳴嶼部長の手のひらが、ふわりと重なった。
 
 
 
 ────空気が揺れる。
 
 
 
 「小さな手だな…」
 
 悲鳴嶼部長の大きな手のひらに載せられた私の手が、優しく弄ばれている。
 指が絡まるか、絡まらないか…ぎりぎりのところ。
 
 「遠くに行ってしまう私がこんなことを言うのは間違っているかもしれないが…」
 
 大きくて少しかさっとした悲鳴嶼部長の指の側面が、私の指と指の隙間をゆっくりと撫でていく。
 
 「君のことが心配だ。仕事のことは何も悔いはない。ただ……」
 
 ただ…?
 
 つづく+17 -1 
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                18897. 匿名 2023/11/06(月) 01:41:57 >>18891〔嘘つき〕8
 
 黙り込んでしまった悲鳴嶼部長の次の言葉を待ちながら、重なり合う二人の手に視線を落とす。
 
 「いや、何でもない。やはり飲み過ぎはよくないな…」
 
 軽く笑った悲鳴嶼部長は、そっと私の手を解放した。
 
 「そうだな…何と言えばいいのだろうか。何でも頑張りすぎる君を、心配しているんだ。本当は無理をしたりしていないだろうか、と。」
 
 そうだなぁ…
 悲鳴嶼部長がいないなら、もう何のために頑張るのかわからなくなってしまうかもしれない。もう、頑張らなくていいのかな…
 
 それでも。私は最後まで──
 
 「いえ、無理なんかしてないです。まだまだがむしゃらに頑張ります。……仕事が好きなんです。」
 
 真っ直ぐに。悲鳴嶼部長を見て言えた。
 
 「そうか…仕事が好き、か。」
 「そうです。大好きです。」
 
 
 ─────悲鳴嶼部長のことが。
 
 
 悲鳴嶼部長は、もう何も言わなかった。
 ただ、マンションの前に着いてタクシーから降りる私の背中を、そっと押してくれた。
 
 初めて会った時と同じように、大きくて温かい手のひらで。
 
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 悲鳴嶼部長を乗せたタクシーが遠ざかっていくのを、ぼうっと眺めていた。
 涙が出るんじゃないか、と。その場で泣き崩れてしまうんじゃないかと思ったけれど…ただただ私は立ち尽くしている。
 
 だって、なんだか実感が湧かない。
 次に会社に行った時には、悲鳴嶼部長はもういないということが。
 
 空っぽになった悲鳴嶼部長がいた場所を見て、それから少しずつ少しずつ、私は泣いて、ボロボロになっていくのかもしれない。
 
 ずっと自分につき続けた嘘。
 さっき悲鳴嶼部長についた嘘。
 
 全部、好きな人のことを想ってついた嘘なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
 
 これが正解か否か。
 いつか、答えがわかる時はくるのだろうか──
 
 📿さん視点へつづく+19 -1 
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                18903. 匿名 2023/11/06(月) 02:05:49 >>18891
 悲鳴嶼部長に優しく弄ばれたい…!
 この丁寧な描写に土器土器です+14 -1 
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