ガールズちゃんねる
  • 18390. 匿名 2023/11/05(日) 20:24:25 

    >>17591〔嘘つき〕5

    そうやって自分に嘘をつき続け、悲鳴嶼部長への気持ちを持て余しながら仕事に励む日々。
    あと半年…あと3ヶ月…あと1ヶ月。静かにカウントダウンしながら過ごしていた。

    残りの1ヶ月。悲鳴嶼部長にどう接したらいいのか、自分の気持ちがわからない。
    気持ちを断ち切りたくて敢えて避けて過ごしてみたり、でも最後だから、少しでもお話したり姿を見たりしていたいと思ってみたり。

    「好き」と言えたらどんなにいいだろう​​──

    受け止めてもらえなくても。
    相手から返ってこなくても。

    でも…それでもいいから伝えたい、というのは私の我儘だ。浮かんでくるのは、困ったように優しく微笑む悲鳴嶼部長の表情。
    最後の最後にそんなことで困らせるために、私は何年もここで頑張ってきたわけじゃないんだから…。気持ちが溢れ出してしまわないように、ぎゅっと唇を結んで業務をこなしていた。



    そしてついに、悲鳴嶼部長がいなくなってしまう日まで1週間。

    私のぐらぐらする気持ちなんてまるでないことのように、怖いくらいに仕事は上手くいっている。私が出した企画が社内で高い評価を得て、それを元に新プロジェクトを立ち上げることになった。まさかの、チームメンバーにも選ばれている。
    企画書に記載された錚々たるメンバーの中に、場違いのように並べられた自分の名前を見て身が竦むけど…

    でも、よかった。きっと忙しくなる。寂しさを感じる暇もないくらいに。

    ふと、顔を上げると悲鳴嶼部長と目が合った。

    「おめでとう。きっとうまくいく。遠くから応援しているよ。」

    この声を聴くといつも気持ちが落ち着いて、こんな自分でもなんでもできるような気がしてしまう。初めて会った時から、そうだった。

    「最後に、悲鳴嶼部長にいいところを見せられてよかったです。」

    とびっきりの笑顔と明るい声で言ったつもりだったけど…悲鳴嶼部長の瞳に映った私は、ちゃんと笑えていただろうか​──

    ちゃんと最後まで、嘘つきでいないと。

    つづく

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  • 18396. 匿名 2023/11/05(日) 20:27:54 

    >>18390〔嘘つき〕6

    とうとう、悲鳴嶼部長が出社する最後の日。
    仕事中も終業後の送別会も…夢の中にいるように現実味がなかった。

    「あれ?ガル山さん…顔色悪くない?具合悪い?」

    隣に座るモブ崎先輩に耳打ちされ、はっとする。
    …いけない。送別会の途中なのにぼうっとしてしまっていた。周りの喧騒に紛れるよう、同じように小さな声で返事をする。

    「すみません…少し寝不足で。」
    「大丈夫?頑張りすぎじゃない?仕事…よく家に持ち帰ってるでしょ。」
    「あ…まぁ…少しだけ。」
    「持ち帰ってまでする程遅れてないよね…?」

    そうなんだけど…。でも、仕事してないと悲鳴嶼部長のことを考えてしまうから。

    「好きなんです、仕事が。」
    「それならいいんだけど…あまり無理しないようにね?」
    「すみません…ありがとうございます。」

    仕事が好き、仕事が好き、仕事が好き…。あと少し、悲鳴嶼部長とさよならするまで胸の中で唱え続ける。

    二次会はカラオケに行くらしい。盛り上がっている空気を壊さないように、そっとモブ崎先輩にあまり体調が良くないから抜ける旨を伝える。

    そして、悲鳴嶼部長に最後に挨拶をしてから帰ろうと近付いた時。

    「えー?悲鳴嶼部長、二次会行かないんですか?主役なのに〜!」
    「すまない…荷作りがまだ終わってなくてな。明日の午後には引っ越し業者が来るから、少し焦ってるんだ。」

    焦っていると言うわりに、全くそんなことなさそうなゆったりとした口調の悲鳴嶼部長が、みんなと談笑する声が聞こえてくる。

    「私のことは気にせず、楽しんでおいで。」

    名残惜しそうに感謝の言葉や別れの言葉を告げた同僚たちが去って行くと、ぽつんと悲鳴嶼部長と私が残されていた。

    「おや、ガル山くんは二次会は?」
    「あ、えーと…私も帰ります…」
    「家まで送ろう。タクシーを拾うから少し待っていなさい。」
    「えっ…いえ、自分で帰れますので!」

    大通りの方へ歩き出した悲鳴嶼部長を、慌てて追いかける。

    「もう遅いから送らせて欲しい。大事な部下に何かあったらと思うと、気が気じゃないからな。」

    振り返った悲鳴嶼部長の、何でも見透かしてしまうような瞳を見て動けなくなる。

    私は最後まで、この人に嘘をつき通すことができるだろうか​──

    つづく

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