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10204. 匿名 2023/10/22(日) 02:26:52
>>10193ガル子を探して旅する🌈がどこかの国の酒場に立ち寄る話です。語り手は店主、全4話中2話、本日ここまでです。
【Adventure Of Lifetime】②
「何か探してるのかね?」
「ああ。人探し、女の子。恋人なんだ」
さらりと言って、またビールを一口。酔うためでなく、口を湿らせるために飲んでる感じだ。旅する者は全員何かを探してる。無形のものと有形のもの、こいつの場合は一応後者らしい。話したいのはこのことだろう。
「会えなくなってもう長いんだ。別れ際に約束したから、こうして世界中探してる。振られた訳じゃないぜ?事情があって、どうしても離れなくちゃいけなかった。一旦はね。そういう決まり」
仕方ないと言いたげに肩をすくめてみせる。
「繋ぎ止める方法も、あるにはあったんだけど。そうしなかった。結果的に良かったと思うよ……どこかには居る筈と信じて、探していられるから」
そこまで言って、男は言葉を切った。何かを思い出してる遠い目。
「あちこち回ったよ、たくさん見た。砂漠の青、北の白夜、ヒースの緑に荒れた丘、熱帯スイレンの赤い群生…サバンナの黄色い風。どこにもあの娘はいなかった。だけど全て美しかった。本当に、息が止まるほど」
テーブルランプに照らされながら男は続ける。シェードはステンドグラス、ヴィンテージで替えは無いこの店唯一の貴重品。七色の陰翳に彩られ、中世の詩人さながら。
盛ってると思ってたが、どうやらこいつはほんとうに世界を知ってる────信じる気になった。男の虹色の瞳を通して、おれにも視えたからだ。蒼穹の熱砂、極北の沈まぬ太陽。嵐が丘と南国の赤い花が。音のないこの夜、低く静かな語りの中に、アフリカの獣達の呼吸と吠え声を確かに聞いた。
「……あの娘を知るまで、世界に色があるなんて考えたことなかった。出逢って初めて分かった、この世は醜悪で美しい。不完全に完成されてる。どこかであの娘が待ってるって思うと、もうそれだけで幸せなんだ」
男が目元をぐいと擦る。瞼が赤らんでるのは多分、酒のせいだけじゃない。
「探すのが冒険、魔法なんだよ。また逢うまで解けないやつを彼女がかけてくれた。恋しくて堪らないけど、淋しいけど。自分を生きてるって気がする。沢山持ってるより、たった一つ探してる方がずっといいんだ……少なくとも、俺には」
言い切った声が震えてて、これは本格的に泣き出すんじゃないかと思いおれは目を逸らした。男が恥ずかしそうに笑う。
「俺、頭悪いかな?どう思う?1人の相手にいつまでも拘ってるのって」
「いや。代わりの利かん相手ってのはいる。おれも連れ合いを亡くしててな……また逢えるもんなら、逢いたいさ。いつだって」
不快じゃない沈黙が流れた。
女房のことを初対面の人間に話したのは、これが初めてだった。カウンター越しの異邦人の男が、何か妙に近しく感じられた。おれのついぞ叶わなかった夢、息子と飲むならこんな感じかもしれん。
「あんたの冒険の成功を、幸運を祈ろう。次はその娘を連れてくるんだな、一杯おごる」
男が目を瞬かせる。人懐こいくせに、単純な好意や親愛に慣れてないのか戸惑ってる様子だ。
ぐっと拳を突き出してやる。少し間があった後、男も軽く握った拳を俺のそれに合わせた。もう一度、ガツンとぶつけてお互い笑う。遠く日本から来たこの若者にも、意味は伝わったようだった。
おれはこうしてなんとなく仲良くなり、とりとめなく話をした。子供のように無垢で、聖書の長命者……メトセラみたいにどこか謎めいたこの客と。+30
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10207. 匿名 2023/10/22(日) 03:41:20
>>10204
曲を聴きながら②まで読ませて頂きました。
夜も更けていくのにお話と音楽の雰囲気がピッタリでワクワクしてます。眠れないw
幸せな夜をありがとうございます。続きを楽しみにしていますね!+17
-3
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10243. 匿名 2023/10/22(日) 09:23:31
>>10204
流れるように豊かな美しい文章で引き込まれました!
店主の素敵な人柄も伝わってきます🍸✨+19
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10730. 匿名 2023/10/22(日) 23:13:55
>>10204ガル子を探して旅する🌈がどこかの国の酒場に立ち寄る話。語り手は店主、全4話中3話。最終話は明日以降予定です。
【Adventure Of Lifetime】③
グラス三杯が空になる頃、夜明けが訪れた。
いつもの事だが、この時間になるとさすがに眠い。一応客の手前、欠伸を噛み殺してるが気を抜くと目玉が裏返りそうになる。男は酔った様子もなく手元で時間を確認している。そろそろバスが動き出す、店の前の停留場から空港まで乗り換え無しだ。もともとそっちが目的だったんだろう。
勘定を済ませると、窓から暁の光が見えた。区画の輪郭を金色に滲ませ、朝はもうそこだった。
「マジックアワーだ」
男が呟いた。
「どこにいたって、この時が一番美しい。……どんなことも叶いそうな、そんな気にさせられる」
その眼差しには意志があった。もう次の朝を見据えている顔だ。何かを探してるやつは、みんなこういう目をする。
「ご主人、ありがとう。楽しい夜だった、俺はそろそろ行くよ」
「歩いていくのか?空港だろ?バスがあるぞ」
笑って首を横に振る。
「歩きたい気分なんだ。出発する時はなるべく朝から歩く事にしてる。験担ぎみたいなものだよ。…そうだ、見てておくれ。実証してみせるから」
「実証?何をだね」
「ちょっとした奇跡ってやつだよ」
男が片目を瞑って見せた。
バックパックを引っかけて立ち上がる。店のドアを開け、ゆっくりとした足取りで外に出る…ゆっくりすぎないか?昨夜来た時からこんな焦らすみたいな歩き方をしてただろうか?
後ろ姿に不思議な緊張感があった。
飛び込み台とか、断崖絶壁か火口の淵にでも近づいてくような。度胸だけじゃない、何か思い切って投げ出すか麻痺させないと先まで行けない。見てる方の手足までヘナヘナにさせるあれだ。
大丈夫かと声を掛けようとしてやめた。何が大丈夫なのか、大丈夫でないのか分からない。ただ黙っていなくてはならない気がした。騎士が冒険に出かける前の儀式のように。
男は振り返らない。オーニングがつくる朝の影の下、まだ人気のない通りへ向かって歩みを進める。分かってないまま、おれは見守る。蛹の羽化に似た予感を漠然と抱いて。
屋根のない部分へ踏み出す瞬間、確かに男の足先がためらった……そう見えた。このままここで凍りついてしまうんじゃないかと思った数秒の後、
(一、二、三…四)
────奴は通りのど真ん中に歩み出た。頭から爪先まで全身を陽光に浸し、すっくと立った。この星の自転に合わせ、大陸の端から海の向こうまで遍く照らすバラ色の中に。
僅かに俯き祈るように目を閉じてる。その立ち姿の美しさにおれはちょっと胸を打たれた。しょぼくれた街でたった一件、週末朝まで飲める汚い酒場の店先が、まるで大聖堂の祭壇だ。
しばらくそのまま。やがて男が息をついた。こっちを向いて、にっと笑った。いい笑顔だった。
「何度やっても、この瞬間は冷や冷やするよ。今日はダメかって毎回思う…ご主人、俺は信じてるんだ。あの娘に必ず逢えるって。あなたもきっとまた奥さんに逢える、俺自身が証明だよ。あなたの店で美味い酒を飲んだことも、こうして陽の下にいるのも。理由なき神秘なんだぜ」
「奇跡はある。俺たちに都合良くはやって来てくれない、だから出会ったら逃がさないよ。捕まえるって決めてる」
よく通る声でそう言った。+27
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