ガールズちゃんねる
  • 10170. 匿名 2023/10/22(日) 00:10:24 

    >>9510
    10
    わざと、少し離れた場所に戻って、足音を立てて駆け込む。
    (案外、難しい)
    少しでも走りやすいよう、護謨(※ゴム)底の草履を選んだのがまずかったか。
    なるべく葉を踏みながら走るしかない。

    「誰だ!?」
    誰何の声は男から上がった。
    追われでもしてきた弱い者を装うか、逆に、追ってきたことを堂々と言ってしまうか。
    「……………」
    「鬼の屋敷に用があるのかしら?命知らずね?」
    「はい」
    「一体何を考えているの?女が一人で来ても、私に喰われるだけでしてよ」
    (随分と可愛らしい話し方をする……予想より若いな)
    「……何人、喰いました?」
    「もう数えてなんかいないわ」
    それはそうだろう。この人は人間だ。一人も喰ってなんかいないはずだ。
    けれど、騙されたふりをしておく。

    「数えきれない程に人間を喰った鬼、ということは、貴方も使えるのですか。──人の力を超えた術を」

    争うわけにはいかない。体術なんて全く習っていない私は、複数対一の対人戦になったら、どうしようもない。
    屋敷に侵入して、天井裏や床下に潜んでこの人を監視するような、特別な術は持っていない。
    争うことなく探るなら、行動を共にするのが早い。
    味方のふりをするか、味方になるかは、そのあとで決めよう。

    「私に術を使って欲しいの?貴方の命がなくなるわよ?」
    「覚悟の上で、見せていただきたいです」
    「……いいわ。但し、中で」

    「術」とやらに皆目見当がつかない。しかし屋敷に入れるのだから、少しは良い方向に進んでいると思いたい。
    どうなるか、先はまだまだ見えないけれど。

    ***

    ここが鬼の住む屋敷だとして、彼女は鬼とどんな関係があるのだろう。落ち葉がたくさん積もる庭を抜け、先程の鬼が高速で飛び出して行った後、施錠されていない屋敷の扉を開ける様子は、少なくとも初めてここに訪れたようには見えない。
    (しかし住人にも見えないのが、また気味の悪い……)
    人だ。でも何者なのかは、この段階でも皆目見当がつかない。

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  • 10172. 匿名 2023/10/22(日) 00:17:11 

    >>10170
    11
    屋敷内に入ってすぐに、男たちが姿を消した。
    (成程、侵入が目的だったか)
    何かの絵画のような空間だ。
    重厚な木の家具、ゆったりと襞を取った窓掛け(※カーテン)。外の暗さで気づかなかったが、よく見ると驚いたことに、バラ窓まである。

    壁際の低い棚が目についた。
    硝子でできた小物がいくつも並んでいる。
    先程のあの薬屋は古い化粧小瓶ばかりが並んでいたが、こちらには香水瓶に酒器、ランプなど様々な硝子の小物が色彩を競い合う。
    しかし、一角だけ、一体どういう趣味なのか、新しい日本の瓶までいくつか混ざっている。蓋が閉まる瓶の蒐集?茶色に無色にと、特に色彩が目を引くものでもない。雑多な印象だった。

    こうやってゆっくり観察していられるのは、女性の足取りがやけに遅いからだ。
    別の部屋の扉を開けて、閉めて、また歩いて。一度見た部屋の扉を開けて、そして閉めて。
    結局「やはり広間がいちばん良いわ」と戻った。

    広間には、写真や絵画が飾られていた。
    大きな絵に描かれているのは、聖人だろうか、何処ぞの貴族だろうか。

    「──術を見たいのだったわね」
    す、っと、折れてしまいそうな細い手を上げる。

    彼女の視線の先に気づいた、その瞬間だった。

    二歩、踏み込んで、正面からその左手を押さえた。
    首元には、これ見よがしに抜いた刀を突きつける。
    「、な……っ」
    その状態で、私の視線も、彼女と同じで窓の外だ。
    「命が惜しければ、窓の外の男たちを止めなさい!」

    ああ、この方法は使いたくなかった。
    「命が惜しければ」などという脅しを口にすることになろうとは。
    けれど、見てしまったものだから、急ぐしかない。

    窓の外。こちらを見て動けないでいる男たちより、少し向こうに。
    あの人らしき人影を、見てしまったから。

    視線を女性に移す。
    「貴方は鬼ではあり得ない」
    「何を言うの!術なら見せるわよ!」
    「先程も思いましたが、可愛い話し方をしますね」
    「だから鬼じゃないって言うの?偏見でしてよ」
    「…‥新鮮です。周りの女性は年上が多いせいか、そのような『女学生言葉』を話しませんから」
    「……………」

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