ガールズちゃんねる
  • 10097. 匿名 2023/10/21(土) 22:50:33 

    >>10085
    ⚠️解釈違い🐍 ⚠️己の趣味に全振り ⚠️長丁場 ⚠️何でも許せる方向け

    『初恋の君を想う時』四十一話

    育手の元へ行くまでの残りの日々は、夜明け前に起き、多少の休憩を挟むものの夕食までずっと鍛錬する日々を送った。私の手の皮は厚くなり、豆がいくつも出来た。草履の鼻緒を幾度となく切り、足袋は何枚破っただろうか…その度に隠さんに頭を下げた。早起きして全力で身体を動かしているからか、夜の寝付きも改善されていた。ただ───いまだにあの夜の夢を見て、魘されて起きることはたまにあった。一度目が覚めると寝付けなくなる私は、そういう時はお屋敷の屋根に登って、夜空を眺めて過ごしていた。
    伊黒さんは今夜も任務だ。屋根に登って見渡しても、伊黒さんや隊士達がいそうな場所は見当たらない。担当範囲がそんなにも広いのだと、改めて思った。毎晩のように遠くまで赴き、鬼と闘う───大変な責務だろう。この先、私が本当に隊士になれたなら、あの人が責務を果たすための助力に、何らかの形でなれるだろうか。自分の贖罪のために隊士を目指している私だが、伊黒さんの役に立てることもあるのだろうか───この頃の私は、そう思うようになっていた。無事に隊士となれたら───そうしたらもう少し伊黒さんに近付けるだろうか───。
    想う人がいる相手を想い続けることが如何に不毛かなんて、頭では分かっている。でも───仕方ないじゃない。そういう人を好きになってしまったんだもの。いつまで傍に居られるかも分からないけれど、傍に居られる間は全力で想いたいじゃない───。きっともう私は忘れられない。こんなに好きになってしまったのだから。伊黒さんの側を離れても思い出すなら、いつかこのお屋敷を去る時が来るその時まで、心の中だけでも貴方でいっぱいにしておきたい。貴方の傍で、自分に出来ることを精一杯にやる、そんな自分になりたいと思った。

    出発は明後日。最終選別の合格率は三割というけれど───絶対に合格してやる。闇夜に沈む街を見つめ、私は拳をぎゅっと握った。

    ※※※

    いつものように任務を終え、風呂に入った後、昼まで眠った。自室の窓帷を全て開ける。高く昇った太陽が、寝起きの眼にひどく沁みた。今日は庭にガル子の姿がない。いつもならこの時間は庭か道場で鍛錬をしている筈だが───。
    文机の引き出しを開け、小さな桐箱を二つ取り出した。刀鍛冶の職人に依頼した物が入っている。一昨日、仕上がったと報せを受けて、急ぎ隠に受け取りに行ってもらった物だ。ガル子が師匠の元へ発つ前に間に合わせたくて、無理を言って作ってもらった。
    小さい方の箱には、銀色のピアスが二つ。一つは木の枝に垂れ下がる蛇を。もう一つは幹に這う蛇を、左右違う意匠にして仕上げてもらった。どちらの蛇にも目には紅玉を入れてある。───身に付けてくれるといいのだが。指先程の小さな蛇を指でつついた。
    もう一つの長細い箱も開ける。中には簪。こちらも銀色の真鍮製で、蛇と南天の装飾が施されている。こちらも思い描いていた以上の仕上がりだった。淡い色の髪の彼女に、きっとよく映えるだろう。
    ───願鉄殿、感謝する。
    鏑丸が覗き込み、赤い舌をちろちろと出す。
    「お前にそっくりで可愛いだろう?」
    白い滑らかな身体を撫でる。蓋を閉め、小さい方の箱を袂に入れ、長い方は文机に戻した。
    ───此方は、彼女が帰って来てからだ。
    明日から師匠の元で修行に入る身だ。今、簪を渡されても困るだろう───こんな理由を取って付けて、この期に及んでもまだ怖気付いている自分が心底嫌になる。彼女が帰ってくるまでに、この臆病な自分を捨て去らなければ───自分の想いを彼女に伝えよう───ようやくその決心がついたのだから。

    文机の引き出しを閉め、ガル子を探す───果たして受け取ってくれるだろうか?身に付けてもらえるだろうか?
    期待と不安を抱いて、ひとまず俺はガル子の部屋へと向かった。

    (つづく)

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  • 10110. 匿名 2023/10/21(土) 23:00:34 

    >>10097
    ⚠️解釈違い🐍 ⚠️己の趣味に全振り ⚠️長丁場 ⚠️何でも許せる方向け

    『初恋の君を想う時』四十二話

    鞄に持ち物を詰めていく。「ひと月を目安にすると良い。もし足りなければ文で知らせてくれ。隠に用意させる」と伊黒さんは言ったけれど、忙しい隠さん達の手を煩わせるのは忍びない。何をどれだけ持って行くか悩んだが、追加依頼をすることなど出来るだけ無い様にと、とりあえず着替えと手拭いと傷薬は多めに入れた。これだけあれば大丈夫だろうか。
    「ガル子」部屋の前で伊黒さんの声がした。
    「はい」「入っても良いだろうか?」「どうぞ」すっと襖が開き、伊黒さんが顔を覗かせる。「失礼する」「はい、どうしました?」「あぁ、準備は出来たのか?」「多分」「多分?」「何がどれだけ要るかよく分からなくて、悩んでいるところです」「足りない物はその都度、文で教えてくれれば良いと言っただろう?毎日とは言わなくとも、たまには文を寄越してくれ。こちらからも夕庵を飛ばすから」「あんまり頻繁に飛ばしちゃ駄目ですよ。夕庵が疲れちゃう」笑って答えると「気を付けよう」と、伊黒さんがふっと笑った。
    「紙と万年筆を忘れずにな」「そうでした。入れておかなきゃ」文机から便箋と万年筆を取り出し、鞄に入れた。
    「荷物になって悪いが、これも」紙の包みを渡される。「これは?」「師匠への手土産だ。渡してくれるか」「わかりました」紙の包みも入れて、かなりいっぱいになった鞄をぽんと叩いた。

    ※※※

    「あと、これを」「何ですか?」「開けてみてくれ」首を少し傾げ、細い指で箱を開ける。金茶の瞳が大きくなり、淡い睫毛がせわしくぱちぱちと動く。「ピアス?」指先で摘んで、しげしげと眺めている。
    「可愛い───鏑丸みたい」楽しそうに笑う君の顔を見て、安堵した。「気に入ってくれたか?」「え?」「受け取って欲しい」「でも…」「君のために作ってもらった。つけてみてくれないか」「…はい」申し訳なさそうに、はにかんだように笑う。「ありがとうございます。でも、もらってばかりで申し訳なくて───」「気にしなくて良い。俺が好きでやっているだけだから」「だから困るのに」眉を顰めて君がまた笑う。本当に気にしなくて良いのに。
    「どこにつけよう…」鏡台を覗き込みながら、ピアスを耳に当て、高さや場所を色々変えている。散々迷って、左耳の下方に垂れ下がる蛇を、上方に這う形の蛇をつけた。
    「似合いますか?」此方を見ながらガル子が言った。「あぁ似合う。可愛い」「ありがとうございます」嬉しそうにふにゃりと笑った。
    「もっとよく見せて」二つのピアスがついた左耳をそっと撫でる。くすぐったそうに声を上げ、君が身を捩った。そのまま肩に腕を回して抱き寄せた。「鏑丸の代わりのお守りだ。俺がいない時はこれを身に付けていて。君を邪気から守ってくれる」二匹の小さな鏑丸が光る耳元で囁いた。「はい」ガル子が頷いて笑った。このまま君の唇を奪いたい衝動に駆られるが───まだそれは出来ない。俺はまだ気持ちを伝えられていない。自分でもいい加減にしろと思うが───その一歩を踏み出す決心は、自室の文机に仕舞われている。
    「身体に気をつけて。時々で良いから様子を報せて欲しい」「はい」「師匠にもよろしく伝えてくれ」「はい」「たまに顔を見せに帰ってきてくれたら嬉しい。どれほどの期間かかるかは君次第だが───流石に何ヶ月も会えないのは寂しい」「───はい」笑って頷き、俺の背中に腕を回してぽんぽんと叩く。
    ピアスの光る耳元に頬を寄せる。陽だまりに咲く花のように甘い、君の匂い───。穏やかな陽気に包まれた昼下がり。いい加減離してくれと君が言うまで、もう少しだけ、このままで───。 

    (つづく)

    いつも長くてすみません。こんな駄文を読んでプラポチやコメントくださる方々がいらっしゃり本当に嬉しいです。ありがとうございます。

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