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240. 匿名 2015/08/14(金) 18:40:14
高村光雲(智恵子抄の高村光太郎の父親)は著名な彫刻家で弟子もたくさんいた。
晩年は自分で彫刻することもなく、ほとんどは弟子が作り良い出来のものは光雲作、そうでないものは弟子の作品とした。佐野ほどの著名なクリエーターになれば、30種のバックデザインしかも缶ビールのおまけのような仕事きっと光雲と一緒で部下に丸投げしたんだろう。
ただ一つ違うのは、一度光雲作の名前で世に出た作品は、その批評も真っ向から受け入れるということ。
ケチがついたとたん「いや〜これは実は弟子がつくって…」などと言い訳などしない。
確かに弟子が作ったとしても自分の審美感を通し認めたから光雲の冠をつけたんであって、もしそこを放棄してしまうなら創造という行為の矜持も捨てることになる。 ただの名前貸し、作られた虚像ということを佐野の妻は暗にほのめかしてしまった。 その一言がどれくらい重大なミスなのか、何を捨ててしまったのか?物を造る仕事をしたことのない佐野夫婦は一生理解できないだろうな。+158
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