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2626. 匿名 2022/10/27(木) 03:22:43
『吾妻鏡』より。
「罪人となった和田平太胤長の屋敷を、相模守義時が拝領する事になった。胤長から没収した後、和田左衛門尉義盛の代官に与えられていたのだったか、取り上げられ、和田の代官は追い出されてしまった。
和田義盛は怒りに震えたが、鎌倉殿のご沙汰という名目ならば、黙るしかなかった。
和田は先日、胤長の赦免を願い出て、一族で幕府に訴えに行ったが聞き入れられず、それどころか、和田一族が見ている前を胤長は縛られた状態で二階堂判官行村に引き渡されてしまった。和田は完全にメンツを潰されたのだ。
その日から和田は抗議の意味で幕府に顔を出すのをやめてしまった。
その後、胤長の屋敷は和田義盛に引き渡されて多少はメンツを保ったのだが、すぐに屋敷は義時に渡される事に変わってしまい、和田はますます義時に敵意を抱くようになった。」+4
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