-
576. 匿名 2022/05/19(木) 20:05:51
>>568
同じ人でもIQテストを複数回受けると数値が上がるらしいですし、元々IQに関心が高い国の人だとテストについて知識があるので高く出る という場合もありそうですね 国によって生きる術としての賢さが違うのに一律に比較するのは確かに難しいように感じます 発達障害の基準や知能指数の正規分布などもIQテストで数値化しやすい国でしか成立しないものなのでしょうか?+0
-1
-
600. 匿名 2022/05/24(火) 20:56:26
>>576
遅ればせながら
IQテストを複数回受けると数値が上がるというのは本当で、経験値が数値に大きく影響してしまうそうです。そのため適切な期間を空けて検査受けないと正確な数値は得られないと言われています。実は、検査には試験官の能力も反映されるそうで、試験官によって高い数値になったり低く評価されたりします。つまり、知能検査は、万能なものではなく、数値も絶対的なものではなく、参考程度に思っておくのが良いと思いますよ。
で、発達障害などについてですが、もちろん知能検査の数値は重要な指標になるとは思いますが、それよりも大きいのが社会の受容力、包容力、そして本人の適応力だと思います。個々人によって強み弱みに個性が出ます。なので、発達障害の特性があっても生活に支障が出ない場合があります。また社会が発達障害の特性に対して寛容でかつ受容的であれば、その人は生活でのこまり感が少なくなり、つまりそれは社会的障害者ではなくなるということです。例えば、昔の日本社会では言語表現は不得手でも普通に生活できました。受容力が大きかったということ。また欧米では発達障害の程度が軽度であれば、障害とは認知されないようです。自己主張が強くこだわりが強い子供は、欧米の社会では正常と受け取られる。そうであれば、社会的なこまり感もなく健常児の範疇で生活できます。逆に、日本のような自己主張しない子供が欧米にいくと、健常者であるにもかかわらず日常に困り感が出てしまい、支援が必要ということになります。これは障害に近い評価になってしまう。ただし、発達障害の重度の人たちは、どこであろうと支援が必要とは思いますが。
なお、発達障害はどの知能指数でも存在すると思います。知能が低い発達障害と知能が低くない発達障害では対応が異なるので知能で分けていると思いますが、知能よりも別の要素が発達障害を特徴づけている。他者の心的情動への関心や常同行動など。
要は、障害というのは、病理上のものであると同時に、社会的なものでもあると思います。そして、本人が社会生活でどれほど困り感を抱くかが支援の判断になると思います。パラリンピックを見ても分かりますが、障害というのはイチゼロで分けるものではなく、困り感に応じて必要量を支援をするもの。障害があったとしても健常者よりも優れている人は大勢いる一方、しっかりと支援が必要な人もいる。物理的心理的バリアフリーがしっかりしていれば健常者と何ら変わらない生活を送れる人も、それらが整備されていないと日常生活を支援なしに生活することは難しい。
+0
-0
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する