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2404. 匿名 2021/06/04(金) 19:52:21
お兄さん気弱だって話出てたけど同母兄だよね
慶喜は自分のこと家の光親の光が過ぎるって言ってたけど、お兄さんも全く同じ条件なのにな
一橋に将軍候補として望まれて、それは慶喜の方が優れている評価…って意見もあるけどそもそもお兄さんをよそに出すわけないじゃん??
お兄さん自分が水戸の後継ぎなのにお前一橋に行け言われたら、それはそれで俺は要らない子かって思いそうだし…+6
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2406. 匿名 2021/06/04(金) 20:19:09
>>2404
まず長兄に養子に行けとはならないと思う
一橋家に行ったからといって必ず将軍になれる訳じゃない
慶喜が優秀とされたのも長子を除いた兄弟の中でということなんじゃない?
結果的に将軍になったから兄より優秀みたいには言われたかもしれないけど、それは仕方ないじゃん?+8
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2411. 匿名 2021/06/04(金) 20:42:50
>>2404
ちょっと何を言いたいのか分かりにくいんだけど、同母だからといって条件は同じじゃない
長男とそれ以外の男子は生まれた時から扱いは違う
当然長男としての教育も受ける
慶喜が優秀で斉昭は目をかけたけど、他の男子はあくまで長男のスペアだし、家を継がなければ外に出されるのは必然、優秀ならいい藩に望まれるし自分の血筋が広まるのも良しぐらいの考えだったんじゃないかな
長男で重圧に耐えられなかったかもしれないけど、要らない子供だと思わせない為に養子に出さなかった訳ではないよ+8
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2430. 匿名 2021/06/05(土) 03:28:43
>>2404
うん、確かに慶篤は、ゼーッタイに養子に出されない身分。
長男で、しかも正室の子だから。
これは幕府から見れば、100点満点で世継ぎの条件を揃えている。
幕府のルールでは、側室が長男を生んで、次に正室が次男を産んだら、正室が生んだ次男が「嫡男」となる。
で、烈公が慶喜に特に期待していたのは、まず正室の子であり、次に他の息子たちより性格が骨っぽくて、父親から見たら頼もしく見えたから。(慶篤と慶喜の間に、吉子女王は「二郎麿」という男子を生んでいるが、生まれてひと月ぐらいで亡くなっているはず。)
だから、他の兄・弟たちが次々に養子に出されても、慶喜だけは養子に出されなかった。
それが突然、老中阿部正弘から、「七郎麿様を一橋家の養子にとの公方様(家慶)からのご意向です」と伝えて来た時は、烈公も、「ん? 一橋となると、七郎がひょっとしたら将軍になれる可能性もあるな?」とほくそ笑んだとも。
なにしろ、将軍世継ぎの家定が病弱で、おそらくは子孫も残せないだろうと当時から言われていたから。
将軍家慶も、慶喜には期待したらしいから。
これが、ドラマで慶喜が言った「私には光が過ぎる。それも所詮は幻だ。父上も先々代の公方様も、その幻に惑わされた」という事につながるのか・・・
ところで、これはえげつない話だけど、烈公は、ドスケベとしても有名で、それで江戸城大奥でも毛嫌いされていた。
慶喜が一橋に養子に入った事を警戒した人が多かったのは、一つには、万が一慶喜が将軍になれば、当然その父である烈公も江戸城に入る。
それを大奥の女たちが「あんなヒヒ爺、ムリ!」と嫌ったのも、反慶喜派が多かった理由。+15
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