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2361. 匿名 2021/06/03(木) 13:07:37
>>2354
大日本史編纂で莫大な予算を費やしたのは、生半可に贅沢三昧で散在するより、ある意味面倒な問題だったと思う。
もしも食べ物や、着るものや、骨董品集めで散在したら、家臣たちが無理やり藩主を隠居させて座敷牢に押し込めるという手もあるけど、大日本史という「格調高くて高潔な」事業、しかも朝廷からも褒められていた事業となると、誰も文句が言えない。
ある意味、究極の「贅沢」だったと思う。
それこそ「不要不急」の事業だし、それで誰かのお腹がいっぱいになるというものでもない。
あの「大日本史」で、南朝が正統とされて(当時~今の天皇は北朝の子孫なのに!)、楠木正成が英雄とされたのも大日本史の影響だし、本当にそれで良かったのだろうかとふと思う。+8
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2363. 匿名 2021/06/03(木) 13:12:21
>>2361
老中だった松平定信の自伝を読むと、藩主の贅沢に困るある藩の家老がこっそり江戸の老中に相談に来るという事もあったらしいね。
藩主が、外国の珍しい鳥を集めまくって、鳥の代金やエサ代が財政を圧迫して困ったりとか。
それで定信がその藩主と面会して、「家臣たちがお金のやりくりで困るから贅沢もほどほどにしなさい」とたしなめたりしたんだとか。+8
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2373. 匿名 2021/06/03(木) 15:01:48
>>2361
ありがとう、ありがとう勉強になるわ!+3
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2375. 匿名 2021/06/03(木) 15:19:13
>>2361
ありがとう、ありがとう勉強になるわ!
片寄らないとても博識のある良い意見です+8
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2395. 匿名 2021/06/03(木) 20:31:58
>>2361
しかし薩摩の島津重豪のように、学問に力を入れながらも華美な生活を好み、質素倹約絶対反対と力ずくで長きに渡り実権を握って藩を傾けさせた殿様もいた
この後の薩摩藩は借金の為に奔走するんだが、あまりにも膨大だった為、最終的にツケが町人や農民にいく
水戸も薩摩も武家が多い土地だけど、武士の満足度が幕末の明暗を分けたかな
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