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2053. 匿名 2014/12/16(火) 17:40:40
皇室典範改正を阻止できたのは、安倍さんと麻生さんのお陰と言っても良い。(4)(6)(7)ね。
このお二人が絶対に上にいなければいけない。
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皇位継承をめぐる世論調査の背景として、2005年から2006年にかけての動きは重要です。
愛子さまの皇位継承を念頭に、小泉総理は「性別にかかわらず長子優先で継承する」という皇室典範改正を推し進めていましたが、2006年2月に秋篠宮妃の懐妊がスクープされ、典範改正法案の国会上程を断念する事態となりました。
(1) 2005年11月、小泉首相の諮問機関である「有識者会議」が、「女性・女系天皇を容認し、皇位継承順位は男女にかかわらず長子を優先させる」内容の最終報告書を提出。
(2) 2006年1月20日、小泉首相は第164回通常国会施政表明演説で「今国会での皇室典範改正に強い意欲」を表明。同28日には「女系を認めないということは愛子内親王の子が男でも駄目なのか。それをわかっているのか」と女系反対派を批判。
(3) 2006年2月7日、紀子妃が第3子を懐妊、9月末出産予定であることがNHK報道で明らかになる。出産まで改正を見送るべきとの意見が国会議員から続出したが、小泉首相は「今後の皇位継承の安定を考えれば典範改正は必ず必要になる」と抵抗。
(4) 2006年2月11日、小泉首相は第164回通常国会での皇室典範改正案の提出断念を表明。当時の内閣官房長官だった安倍晋三が「(秋篠宮妃の)おなかの子の皇位を奪うのか」と迫ったことが断念に大きく影響したとされる。
(5) 2006年9月6日、秋篠宮妃が男子(悠仁親王)を出産。
(6) 2006年9月26日、安倍晋三内閣発足。同30日、下村博文官房副長官は「内閣が代わったのだから、有識者会議の結論に拘束される必要はない」と皇室典範改正議論の繰り延べを示唆。
(7) 2008年9月24日、麻生太郎内閣発足。同年12月26日、首相決裁により「皇室典範に関する有識者会議」が廃止となる。+24
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