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2895. 匿名 2019/10/26(土) 10:31:12
>>2894
続き
この朝鮮人迫害は漢人、韓人たちの満州資源争奪の争いを助長した。
このような歴史背景下で、朝鮮人たちの唯一の救いは、
当時世界五強のひとつであった大日本帝国の臣民となることだった。
唯一、中国に対抗できる切り札であったため、
朝鮮人たちはすすんで創氏改名を強く要求したのである。
日本こそが朝鮮人にとって合邦国家の民族の誇りであり、
中国人の跋扈に対抗できるただひとつの勢力だったのだ。
韓国は日本人がつくった (WAC BUNKO)
■「改名」は完全な申請制でした
「改名」については義務化されず、完全な申請制で、
申請手続きには手数料も取られている。
実際には、強制ではなく、あくまでも自己申告制の「任意」であった。
朝鮮総督府への申告というのは、つまり、
被治者が治者側と同階層になれるというものであり、
「日本人と同じになりたければどうぞ」という寛大な措置で、
本来ならば上流階級にのみ与えられるべき一種の特権であった。
当時、半年の届け出期間中、
朝鮮人の約八割もが創氏改名(法定創氏以外)を行っている。
創氏改名のきっかけとなった理由のひとつに、
満州へ移住した朝鮮人からの要求があった。
日本からみて朝鮮は、合邦相手国である上に、
日鮮同祖論という親近感があり、
創氏改名は一種の同胞意識の表れだったといえる。
一方、台湾は合邦というより新領土であり、改姓名は簡単には許されず、
むしろ改名は「高嶺の花」であった。
日本の植民地の真実
■補足
:|
今まで書いてきたように、朝鮮人が日本風の名前にするかどうかは任意でした。
朝鮮人の軍人で最も出世した人に洪思翊陸軍中将 がいますが、
彼は日本風の名前に変えてはいません。
つまり、日本風の名前に変えなくても差別されることはなかったのです。
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