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272. 匿名 2019/07/01(月) 20:43:11
あいにく傘はもっていないんだ。
無音テレビの映る薄暗いカウンターの向こう側にいる彼女に、僕は言った。
さっきまでボブディランがラジオで流れていたというのに!
「それじゃあ、ジントニックを2杯。ライムをうんと絞ってね」
雨が降る少し前に二人の間に起ったことを忘れてしまったかのように彼女は言った
あるいは、本当に覚えていないのかもしれない。
それでいいのだ。薄汚れた路地のトタン屋根の下で雨宿りをする痩せた雄猫みたいな僕は、
彼女の記憶にとって取るに足らない空白のページと同じなのだ。
「取るに足らない出来事なんて、この世にはひとつもないのよ」
ライムの皮を僕のグラスに移しながら、彼女は微笑んだ。
オーケー、彼女の勝ちだ。
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