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8205. 匿名 2019/02/13(水) 16:56:32
>>8198
<続き>
官僚である川島孝彦氏が戦前に発表された随筆を読むと、全て統計に関係するもので統計学の専門家として誇りを持っていて、知的で教養があり頭の良かった人だなと分かります。
同じく、川島孝彦氏の妻である(旧姓池上)紀子さんが戦前に公開した文を読むと、やはり教養深く知的でまともな育ちの人のようです。公開された著者名は「川島紀子」であり、「紀子」をノリコと読むのかイトコと読むのかは不明です。
ところが、その実子であるはずの「川嶋」辰彦氏は、東大卒の経歴だけは確かなのでしょうが、経歴、発表論文のタイトルや共同執筆者を見ると、教養深い知識人の家庭で育った学者とはとても言えません。
研究分野の変動が激しく場当たり的で、内容も上っ面だけに見えます。
ライフワークは被差別部落民の研究だそうで、経済学部のゼミなのに長野県の同和地区でボランティアしています。
学者なら本にまみれた生活をしているはずですけど、あの職員住宅の室内の写真では一冊の本も写っていません。
自称「川嶋」辰彦氏は、知識人である「川島」孝彦氏を父として育ったとは、到底信じられません。
出典:up.gc-img.net
また、「川嶋」辰彦氏の母として現実に紹介されている紀子(イトコ)さんの風体、発言を見ると、とても「教養深く知的でまともな育ちの士族の娘」にはとうてい見えません。
「おひきずりさん」出身ではないかとの声もありました。
おひきずりさんとは、「はいからさんが通る」で出てくるような、だらしなく着物を着て、男を誘っては日銭を稼ぐ遊女のことです。
家族食事会でじゅばん左前、箸をレンコンの穴に通して挟むのも品がない
知人宅の庭で、じゅばんと着物一緒に着付けし、膝あたりは日焼けして金糸も色が抜けてる
なので、少なくとも本来の「川島」紀子さんやその子供たちは、終戦直後のどさくさのどこかで自称「川嶋」一族と入れ替わってしまっている疑いを捨てきれません。
例えば、和歌山の山奥のBだった松浦家の松浦辰彦が、同盟の支援を受けて一家全滅した川島家の長男「川島」辰彦になり、紀子(イトコ)さんや辰彦氏兄弟と一緒に「川嶋」家として生活し、Bのために働いて恩返しをするストーリーが考えられます。
川島家は昔、松浦家から袋耳といわれた神童松浦力松を養子川島庄一郎として迎えているので、松浦家には川島家の消息(一家全滅)が伝わっていたのでしょう。
こう考えると、「ZやBの人であっても出自を詮索される可能性が低くなる」理由で、安易に「川島」を「川嶋」へ変更したのも納得できます。
苗字に使われている漢字は背乗り先のものであり、新たに入手した名前に思い入れはないから大切でもなく、「川島」も「川嶋」も違いはないし、簡単に変更しても簡略化しても旧字体にしても良いと思っていたし、今もそう思っているのでしょう。
<続く>+45
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出典:up.gc-img.net
