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266. 匿名 2017/12/21(木) 21:36:49
新潟・富山レポ
時間が空いてしまいましたが、栃木・群馬公演、もの凄い盛り上がりでしたよね!
会場に集まった皆さんのパワーを受けてか、ayuもオープニングから気合い入りまくりで、鋭い表情のキメ顔なども、まぁいつにも増してキレッキレで(笑)
と、何事もなかったかのように書きだしましたが、正直、このところレポで何を書いていいのかという迷いが消えずに更新が遅れてました。
体調を崩して以降、なかなか回復しない喉のこともあったり、それでも精一杯伝えるんだ!という気迫が伝わってくるステージを観ながら、これまでも私が見てきた事実を書いてきたのだからありのままに―――と思っても、それが果たして“書くべきことなのか?”という自問自答を繰り返していました。
体調管理も仕事のうち。もちろんそうなんですけど、ステージを終えてから数時間のバス移動で25時、26時にホテルに到着して、すぐに寝れればいいけれど確認事項があったり、張り詰めた気持ちをクールダウン出来ない時だってある。
実際、第2章が始まってから、何度か深夜のバス移動があって私はダンサーさんやAスタッフさんたちと一緒だったのですが、
最初の頃はまだみんな元気もあってバス内も修学旅行みたいな賑やかさだったけれど、ココ最近はシーンと静まり返っている時間が増えたり。
その一方で、ステージではそんな疲れを感じさせないパフォーマンスを披露する。
それは“書くべきこと”なのか、それとも“書くまでもない当たり前のこと”なのか――。
彼らだって、そんなことを“すごいよね”って言われたいわけじゃない。
私も、裏側を知らずにステージだけを観ていたらこんなことで悩むこともなかったと思う。
ただ、その当たり前だとか、当然だということを、60公演という長期戦でキープしていく大変さ、難しさ、精神力、そういうモノを感じずにはいられないし、キープどころか、パフォーマンスのみならず照明も映像も、毎公演ブラッシュアップされていく様子を見るにつけ、よりベストなモノを!という想いで一丸となっているこの現場を引っ張っているのは、紛れもなく浜崎あゆみ自身なのだと痛感する。
特に第3章に入ってから、毎回、過去の傷や痛みを内臓を抉り出すかのように歌うayuのあの鬼気迫る歌声を聴くたびに、いつ燃え尽きてしまっても不思議じゃないような気さえする。
というよりも、正直に書けば、あまりにも消耗し過ぎてしまってフラフラになってる彼女をホテルの部屋で見たこともある。
さらに言えば、新潟・富山公演では、私だったらそんなことがあったら笑えないし気力だってなくなる。
ってところまでメンタル的に追い詰められていたはずなのに、ステージ上ではこれ以上ないってくらいの最高のポテンシャルで“浜崎あゆみ”を全うした。
そんな彼女をみて、
友人としてはいつだって幸せに笑っていて欲しいけど、こんな浜崎あゆみを見れるなら、今回の人生はそれ諦めてもらうわ(笑)
って、終演後につい言ってしまったよね。
そうしたら、KOちゃんにも同じようなこと言われたと笑ってました。
その時に、なんかこれまでの迷いのようなものがスッと消えたような気がしたんです。
何が100点で、どんな浜崎あゆみだったら許されるのか。
仙台公演の延期以降、私はずっとそこに囚われていたんだなと。
公演と公演の合間が移動日を外せば2,3日しかないようなスケジュールで、ちょっと回復しても、次のステージでまた治癒しかけていた傷口に負担がかかる。そんな悪循環が続く中で、それでも、必死に歌おうとする彼女を見守るファンの皆さんの声援だったり、ayuの笑顔を見て一緒になって笑ってるキラキラした客席の表情を見てきて、だけど声はまだ苦しそうで――とか、そこに落胆してる彼女自身のことを書いたところで、同情を誘うような文章に感じる人がいるとしたら、それも本意じゃない。
かといって、今まで私が見てきた事実を正直に書いてきたのに、ココで事実を歪めてしまったらすべてが嘘になるような気がして嫌だったんですよね。
だけど、やっぱり真実は変えられないし、現実は時に残酷で、転んでしまったのなら立ち上がるしかない。
浜崎あゆみの場合は、ステージに立って歌で返していくしかないってことなんだなと。
新潟・富山公演で、彼女は私に、すべてを忘れさせるような歌を彼女は歌えるアーティストであることを証明した。
それが私の中での真実。
それは決して大袈裟なんかじゃなく、新潟・富山のステージを観た人たちは、今、かつてないほどに覚醒したayuのとんでもないステージを観てるってことに気づいていたはず。
これからの第3章で、彼女はその真実をどれだけ+5
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