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89. 匿名 2014/04/27(日) 19:26:02
境界性人格障害の対人操作
境界例の人の対人操作は、演技的でわざとらしく思えるようなものであったりします。
境界例の人の操作を、演劇にたとえるならば、この劇には三種類の登場人物が登場します。
・主役である「境界例の人」、(←華原朋美)
・操作に欠くことのできない脇役である「だまされる人」、(←オヅラ)
・そして、だまされることなくその演技性を「見抜いている人」の三種類です。(←テリー、最近のガルちゃん民など)
まず最初に登場するのは、主役である境界例の人です。
操作の動機は、見捨てられ不安や分離不安への防衛であり、それが直接的な形ではなくて、たとえば、かまってもらいたいとか、寄りかかりたい、注目されたい、関心を持ってもらいたい、面倒を見てもらいたい、誰かに助けてもらいたい、というような形で出てきます。
これらの衝動はせっぱ詰まったような、あるいは叫び出したくなるような切実なものなのですが、同時に「どうせダメなんだ」「どうせ誰もかまってくれないんだ」「誰も私を理解してくれないんだ」という、はてしない失望感も併せ持っているのです。
つまり、「誰かに助けてもらいたい」という切実な思いと、「どうせダメなんだ」という失望感の、二つの矛盾した思いがぶつかり合っているのです。
そして、どうせマトモな形で訴えても相手にしてくれないのなら、ちょっと違った手段を使ってみようか、つまり、ちょっと卑怯でズルイやり方だけれども、少しばかり嘘の芝居をしてみようか。
そうすれば、もしかしたらみんなが振り向いてくれるかもしれない。そして、もしかしたら自分の気持ちが分かってもらえるかもしれない。自分の望みがかなえられるかもしれない。と、そう考えるのです。
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