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【古今東西】王族・皇族の女性を語ろう

181コメント2017/11/12(日) 11:37

  • 98. 匿名 2017/11/11(土) 01:32:54 

    和歌山県に道成寺というお寺があります。
    そこに髪長姫という伝説があります。

    髪長姫とは藤原宮子であり、正史(続日本紀)によると藤原不比等の娘。そして文武天皇の夫人になり、聖武天皇を生んだ人物なのです。
    藤原不比等の娘の伝説が、紀州道成寺に伝わっているのです。

    「宮子姫髪長譚」

    九海士(くあま)の里に、早鷹と渚という夫婦がいた。40過ぎても子宝に恵まれず、八幡宮にひたすら祈願してようやくみごもり、白鳳8年(679)に女の子を出産した。八幡宮から授かったので、「宮」と名づける。しかし、宮の頭には髪の毛が1本もなかった。
    夫婦は宮を珠のように育てるが、依然として髪が育たないことを悩み続けていた。
    ある年、九海士の浦は不漁が続き、人々は困惑した。
    どうも海底からさす不思議な光が原因のようである。誰か怪しい光の正体を確かめにゆく者はいないか、というが誰もいない。
    そこで宮の母、渚は
    「娘に髪が生えないのは、前世の報いであろう。罪滅ぼしをすれば」
    と思い、村の人々を救おうと犠牲になり、海に入る。
    無我夢中のまま海底を目指し、帰ってきた渚の髪には光るものが。
    光の正体は小さな黄金仏であった。
    海から光は消え、浦は大漁続き。人々は渚のおかげと尊敬したが、渚は黄金仏を庵に大切に祀り、浦人のために毎日礼拝した。
    ある夜、渚の夢に黄金仏が現れて「補陀洛浄土の観世音なり」と仰せられた。
    夢の中で、髪の生えない不憫な娘のことを訴えた。
    夢からさめ、ますます祈願に精進すると、宮に美しい黒髪が生えた。
    髪はますますのび、身の丈よりも長く七尺あまりの美しい黒髪となり、年頃の娘は「髪長姫」と呼ばれるようになった。
    渚と宮は、髪は観音様からの賜りもの、粗末にしてはならないと、抜けた髪さえ捨てたりせず木の枝にかけていた。
    ある日、一羽の雀が木の枝にかかった長い髪をくわえて飛び去った。
    奈良の都の宮廷の軒端にかかった雀の巣から、長い髪が垂れ下がっているのが発見された。
    衛士たちが取り除こうとすると偶然にも、右大臣の藤原不比等が参内し、この有様を見た。
    長さ七尺あまりもある女の美しい黒髪を見て、不比等はこの持ち主を宮仕えさせようと考え、このことを帝に申し上げた。
    時の帝、持統天皇は粟田真人に勅命を賜り、諸国を尋ねさせることになった。
    真人の一行は九海士の浦にたどり着く。そして宮に出会い、あの麗しい髪の持ち主と知る。真人は帝の勅命を伝え、早鷹と渚はこれを受けて宮を都へ上らせたのである。

    都で宮は藤原不比等の養女として迎えられる。名を宮子姫之命と改め、時の帝文武帝の妃となった。宮子姫が産むのが、聖武天皇である。
    宮子は雲の上の人となったが、故郷のことが忘れられない。特に庵の観音像が気になり、思い悩む。
    やがて悩みは天皇の耳に入り、観世音のために寺を建立し、国の鎮めの霊場とせよと
    命じられた。

    史実での宮子は皇子(後の聖武天皇)を出産したものの心的障害に陥り、36年間もの間息子と会うことはなかった。

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